side:Keita ――タコ焼きとかわたあめとか、食べさせてやんなきゃね。
「わたあめ、ひとつ」
店員から割り箸が刺さった袋を受けとった。甘ったるい、砂糖を熱した匂いがする。
改めて袋を見れば、そこにはさっき見かけたお面と同じ猫のキャラクターが描かれていて、そのつぶらな目とかち合った。
「はあ、あっつ……」
逃げるように通路脇に寄り、流れる人通りをぼんやりと眺めた。
夕方に来たときよりさらに来場者は増していて、祭りはいよいよ佳境という様子だった。夜は更けるのに、しかし蒸し暑さだけは変わらない。
海未たちとはぐれてからどれくらい経っただろうか。そう時間は経っていないはず。……いや、どうだろう。暑さと人混みで体力消耗したせいか、なんとなくケータイに手を伸ばすことが億劫で、確認していないし。
「もう食わしてもらったかな……」
喧騒に乗じて、つい独り言がこぼれる。
食わしてもらったかな。タコ焼きとかわたあめとか。わたあめ買っちゃったけど。まあ、俺もちょっと食いたかったし、もしそうなら俺が食うけど……。
そういえば、とふと思い出す。かなり昔に足を運んだ縁日かなにかで、兄貴がわたあめを食べていたことを。
兄貴はとりわけ甘いものが好きで、それはたぶんいまも健在なはずだけど、そう、たしかわたあめの他にも、林檎飴にカステラにチョコバナナに……。って、余計なことを思い出したせいで、本格的に気持ち悪くなってきた。
「あ、いた」
そのとき、ごく近距離から覚えのある低い声が聞こえた。
「迷子発見」
「……」
ゆるいパーマの黒髪を、この暑さからか今日は後ろで一つにまとめた唯太が、いつのまにか俺の横に立っていた。
気が抜けるスローテンポな口調で言われて、驚きもクソもない。迷子とか言うなよ、と苦い気持ちにはなる。
「慧太、ふらふらするの禁止」
「……べつに、ふらふらしてないって、」
――パシッ。
言葉を遮られるように、頭に軽い衝撃を受けた。ごくごく軽くではあったが、頭を叩かれたのだ。
俺はわけがわからず一瞬固まったものの、すぐに唯太を睨みつけた。そこには俺を見据えるいつもの感情の読めない顔があった。それがいまに限って、怒っているのだとわかった。
しかし、ますますわけがわからない。唯太が怒る理由が。
「“飼ってる”んだろ」
抑揚のない声が、低く届く。
「ちゃんと、目、離さないであげなよ」
俺を真っすぐに見据えて、そう唯太が言い放った。
その言葉に対して真っ先に頭に浮かんだのは、なぜ、という反発だった。なぜ、なんで、そんなことをおまえに言われなきゃならない。けれどその言葉が俺の口をついて出ることはなかった。
ただただ視線を下げる。視界に入ったわたあめの袋。そこに描かかれた猫のキャラクターの目が、俺を見ている気がした。
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