side:Akiyoshi 俺たちの目の前を、数え切れない人が波となって流れていく。
忘れていた蒸し暑さが今さらじっとりと肌にまとわりつくように感じる。汗をかいて表面が濡れた缶ビールに口をつけた。こんなときでも、冷えたビールはうまい。
隣に目をやれば、屋台からのぼんやりした灯りに、海未ちゃんの輪郭が浮かび上がるように見える。横顔だけど、その表情は浮かない。
「海未ちゃん、大丈夫?」
そう訊ねると、うんと頷いた後に、だいじょうぶ、と返ってくる。そう言われたら俺は、そっか、としか言えなかった。
慧太がはぐれて、唯太が探しに行って、俺は唯太に海未ちゃんのことを見てろと言われ。そんなこんなで、現在俺は海未ちゃんと二人で待ちぼうけ。ひとまず人波から外れて、缶飲料を売る屋台の脇の、歩道の段差に並んで腰を下ろしていた。
海未ちゃんの手には、俺と同じ缶ビールがある。ただじっと待ちぼうけるのもなんなので、さっき屋台で買ったものだ。
しかしまさか、海未ちゃんがビールを選ぶとは思わなかった。ふつうに飲んでるし。いや、いいんだけど。って未成年らしいし、いくはないんだけど。
慧太が勝手にふらっといなくなるのは、べつにめずらしいことではない。実際、高二のときに三人で訪れた夏祭りは、慧太は逆ナンされていた先輩らしき女の子と途中で消えてしまったし。
でも、唯太はめずらしいな、と思う。
俺と海未ちゃんの返事も聞かずに歩き出していった背中を思い出す。いつも静かに周りの様子を窺っているような唯太が、率先して行動するとはめずらしい。
しかし、「なにかあったら着入れるから」ということで、それを逃さぬよう手に持ったままのケータイは未だ静寂中。ああもう、とケータイを投げてしまいたくなる。俺、じっと待つのって苦手なんだよも〜!
まったく、慧太はどこをほっつき歩いてんのか。マジで迷子放送してやりたい。――けいたくん、二十一歳。目つきが悪く、暴力癖がある男の子です……なんつって、再会したあかつきに殴られちゃう。
「……お腹すいた」
隣からぽつりと呟かれた声を聞いて、俺は思わず小さく笑う。
食欲あるのか、よかった。慧太がいなくなってから、海未ちゃんはすっかり元気がなくなってしまっていたので、俺はようやく少しほっとした。
「お腹すいた? なんか買ってこよっか、タコ焼きとか!」
しかしその問いかけに、期待した答えは返ってこなかった。
「ううん、だいじょうぶ」
そう言って、海未ちゃんは手元のビールをまた一口飲んだ。
ここに座ってからというもの、海未ちゃんはずっと横顔だった。海未ちゃんはずっと流れる人波を見つめている。誰かを待っているみたいに。
みたいに、なんて、実際そうなんだけど。そしてその“誰か”なんて、そんなのわかっているのだけれど……。
「……海未ちゃんさ、慧太といるの、楽しい?」
恋人じゃない。でも、いっしょに暮らしている。決して交わらないところで傍にいる、赤の他人同士。
そういう関係は、なんと呼べばいいのだろう。
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