side:Yuita 無数の音が鳴っている。八月の夜は、にぎやかで明るい。
高校生以来足を運んでいなかった夏祭り。とはいえ眼前に広がる祭りの光景はいつだってそこにあるものに思えて、実際五年ぶりに足を運んでみても懐かしいという感情はあまり湧いてこなかった。
祭囃子。はしゃぎ声。どこかで、子どもが泣いている声が聞こえる。
夏は苦手だけど、祭り独特の空気は昔から好きだった。
「あっ、タコ焼き! じゅるり」
「海未ちゃん、あっちにお好み焼きあるよ。 広島風だって〜」
「お好み焼きって広島発祥なの? そうなの?」
「えっ、知らん。大阪じゃないの?」
俺の少し前を歩いている秋吉と海未ちゃんが、タコ焼きかお好み焼きかで、それぞれの屋台を見比べながら唸っている。それをほのぼのと眺める俺。
仲良しだなあ。なんか兄妹みたいだな。
「唯太くん、タコ焼きとお好み焼きどっちがいい?」
こちらをふり返った海未ちゃんは楽しそうな笑顔を浮かべていた。それを見て俺は、秋吉グッジョブだな、と思う。男三人だし(慧太も乗り気じゃなかったし)、もしかしたら肩身が狭いのではないかと案じていたのだけど、秋吉の提案は正解だったようだ。海未ちゃんを祭りに誘ってよかった。
どっちでもいいよ、と答えるつもりで口を開く。と、海未ちゃんの楽しそうだった表情がぽかんとして、そのまま固まってしまった。
「どうしたの?」
「けーた、いない」
独白のようなその言葉に、俺は後ろを振り返った。
さっきまで気だるそうに俺の後ろを歩いていたはずの慧太の姿が、そこにはなかった。
「どうかしたー? あれ、慧太は?」
「あー、はぐれたかもしれない。いない」
「えっ、マジ? 便所じゃないの?」
「んー……」
辺りをざっと見回してみるが、やっぱり慧太らしき姿はどこにも見当たらない。
秋吉がハーフパンツのポケットからケータイを取り出して、耳に当てた。
「……繋がらない?」
「騒がしいからなー。……うーん、気づいてないっぽいなー」
秋吉はしばらく慧太からの応答を待っていたようだけど結局、ダメ、出ない、とケータイを仕舞った。
「そうだ、迷子放送してもらおっか? なんかそういうテント向こうにあったよね」
「俺はべつにいいけど、再会したら殴られるな。秋吉が」
「俺だけ!?」
軽く冗談を言い合うくらいには俺も秋吉も、特に心配はしていない。過去に足を運んだ経験のある場所だし、人混みはあるけれど、慧太は方向音痴ではなかったはずだし。いざとなったら慧太のことだ、自主帰宅するだろう。
「あたし、ちょっと見てくるよ」
けれど、俺たちはそうでも、海未ちゃんは違う。
海未ちゃんはぽつりとそう告げるなり、一人で人混みのなかへ行こうとする。俺は思わずその手首を掴んで引き止めた。
「海未ちゃん待って。大丈夫だよ、慧太のことだから。でも海未ちゃんがはぐれたら、俺ら見つけられない」
振り返った顔に、さっきまでの明るい色は失われていた。海未ちゃんは不安そうな顔をしていた。まるで迷子になってしまった子どものように。
俺は、掴んでいた手首から手を離した。
どこからか、子どもの泣き声が聞こえる。
こんなに無数の音が鳴っていて、騒がしいのにどこか心地好いと感じる。それはきっと、親しい誰かが傍にいるから。安心があるからだ。
昔、家族と夏祭りに来て、迷子になったことがあった。それまでずっとわくわくしていたのに、傍に自分を知っている人間が誰もいないことがわかった瞬間、心細さに潰れそうになった記憶がある。
「……大丈夫だよ」
海未ちゃんの頭に手をのせて言うが、こわばってしまった表情から不安の色が消えることはなかった。
俺が言ったって、無理か。
「俺、ぐるっと見てくるよ。なんかあったら秋吉のケータイに着入れるから。秋吉、海未ちゃん見てて」
二人の返答を聞く前に、俺は周囲に目を配らせながら歩き出した。
歩き出したものの、でもやっぱり心配はしていない。
慧太は、俺のことを言えないぐらい無愛想で、あまり周囲に合わせるような性格ではないから、たとえば今日みたいにふらっといなくなることも少なくなかった。出会った頃からそうだった。
それでも、たわむれに誰かを傷つけられるほど、他人に対して冷酷になれない彼を、俺は知っているから。
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