店員から六百円と引き換えに赤いシロップがかかった氷のカップを二つ受け取った。一つを海未に渡す。

「かき氷おいしい。かき氷もぐもぐ」

 うれしそうにプラスチックのスプーンで赤い氷を掬う海未。その横で、秋吉が喚く。

「海未ちゃんだけずるーい! 慧太、俺はー?」
「おまえに奢る意味がわからんわ。自分で買え」
「カルピスうまい」
「ちょっ、唯太いつのまに買ってんの? 俺にも一口!」
「秋吉と間接キスとか嫌だな、ぼく」
「なによ唯太のケチ! 海未ちゃん、一口ちょーだい!」
「とけちゃった……。ジュースでいい?」
「海未ちゃんそれ、めっちゃ掻き回しちゃった? とけちゃったってか、とかしちゃったよね?」

 俺も自分のかき氷を食べながら、再び歩き出す。
 舌の上で甘い氷がとける。肌にまとわりつく蒸し暑さも、少しだけマシになるような気がした。
 かき氷なんて久しぶりに食べた。そもそも夏祭りに来ること自体が久しぶりなのだ。いつだっけ、最後に夏祭りに来たのは……。

「やっぱ祭り楽しいね〜、夏って感じ! てか俺らで夏祭り来んの、いつ振りだっけ?」

 歌うように言う秋吉の両手には、さっきまではなかった唐揚げが入ったカップに、ベビーカステラが入ったカップ。いつのまに買ったんだこいつ。祭り満喫し過ぎだろ。

「あー、高二? 三年のときはたしか、秋吉が模試と夏風邪で死んでたよね」

 と、唯太が答える。

「うわ、そんな前だったっけ? 高二ってことは、五年ぶりかあ。俺らも年食っちゃったね」
「つーかおまえ、夏風邪とかバカ?」
「いや違うでしょ! そんとき慧太が俺んちに泊まって部屋のクーラー勝手にガンガンにするから、俺風邪ひいたんでしょうが! バカ!」
「……そうだっけ。でも俺は風邪ひかなかったし」
「そういえば高二のときの夏祭りで、慧太逆ナンされてたよね」
「ああー、されてたね、俺らがちょっと目ぇ離した隙に! 慧太といっしょに帰った記憶ないし、結局そっち行っちゃったんでしょ? 慧太ヤリチンだったもんね〜。あっ、今もか……イテッ!」

 膝の裏を狙って蹴ると、秋吉が派手につんのめる。そんな俺たちのやりとりを見て、俺の隣では海未が笑っていた。無邪気な笑顔が提灯の明かりに照らされる。
 見慣れない服装のせいなのか、外でこうして並んで歩いているせいなのか、アパートの部屋にいるときの海未とは、なんだか少し違って見える。
 あの部屋で、俺と二人でいるときの海未は、ときどき生意気な口は利くけれど、おとなしくて、ソファで寝ているばかりで、まるでほんとうの猫のようだった。こんなふうに声をあげて笑ったりする海未の姿を、俺はあまり見たことがない。
 だから、思う。
 いま、楽しいんだな、と。

 お面が連なって飾られた屋台の前を横切る。様々なキャラクターのお面のなかの一つに、俺はなんとなく目を奪われた。
 猫のキャラクターのお面だった。耳に水色のリボンをつけて、まんまるの目がこちらを見ている。
 ――似てる……。
 思わず口元が緩んだ。しかし、すぐに笑えなくなった。
 ベッドで寝ているとき、渋々朝飯を食っているとき、出かけようと背を向けるとき。二人だけのあの空間にいるとき、いつだってあの目が俺を見つめている。それを不快に思ったことはない。けれど、なんというか……。なんと言えばいいのだろう。
 正直、困る。

「……あ」

 どれだけぼんやりと立ち尽くしていたのだろう。ふと顔を上げると、案の定、である。
 ぽつぽつと無数に光る提灯の連なり。喧騒に紛れて、かすかに耳に届く祭囃子。ひどく蒸し暑い夏の夜。湧いて出たような人混みのなかで、ゆるりと辺りを見渡すけれど、知った顔は一つもない。
 ため息を吐く。この年で迷子とか、まったく笑えない。
 何気なく目を落とせば、カップのなかの氷はすっかりとけきってしまっていた。
 薄紅色の水が提灯の明かりでキラキラと光って、ゆらいでいた。

- 26 -

prev back next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -