side:Keita

 ぽつぽつと無数に光る提灯の連なり。喧騒に紛れて、かすかに耳に届く祭囃子。
 ひどく蒸し暑い夏の夜だった。湧いて出たような人混みの中、通行人とぶつかりそうになるのをいちいち避けて歩いていく。
 ああもう、イライラする。蒸し暑い夏もうざったい人混みも大嫌いだ。だから正直誘いは断りたかった。いや、断ったはずだ。なのになんで俺は今こんな場所にいるのだろう。

「慧太〜! いい加減あきらめてこわい顔やめてくんない!? 盛り下がるんですけど!」

 Tシャツにハーフパンツ、それにサンダルというラフな格好の秋吉が、この人混みだからか普段から騒がしい声をさらに張り上げて指摘してくる。うるさいし、聞こえてるし。盛り下がるって、こっちはもうとっくに盛り下がってるっつーの。

『明日さー、夏祭り行こうよ。唯太も誘ったから』
「……いい。暑いし」
『なに言ってんの、暑いから祭り行くんじゃん! 俺ら夕方迎え行くからね! あっ、海未ちゃんにもいっしょに行こって言っといてよ! じゃっ、明日!』

 という一方的な電話があったのが昨日の朝。半分も覚醒していない頭で聞いていたので、とりあえず悪夢だったということにしていたら、翌日、つまり今日の夕方、ほんとうに秋吉が唯太を連れて俺の部屋に襲来したのだった。

「海未ちゃーん、夏祭り行こ? 慧太がね、タコ焼きでも綿菓子でもなんでも食わしてやるって……イテッ!」

 定位置のソファで夕寝していた海未に、ないことを言って誘いをかける秋吉の後頭部を思いっきりひっぱたいた。ざけんな。
 しかし、海未の反応は速かった。

「着替えてくる!」

 パッと起き上がったかと思えばそんな言葉を残して、海未は颯爽とバスルームへ消えていった。素早さにただただ呆然とする。マジで猫の速さだった。そして、海未の表情は、あきらかに高揚していた。

「タコ焼きとかわたあめとか、食べさせてやんなきゃね」

 のんびりと唯太が言う。秋吉は秋吉で、かわいいねえ、などとほざいて俺を横目に見てくる。
 
「……着替えてくる」

 ため息を吐き、俺はすべてをあきらめてクローゼットのある寝室へと向かった。

 「氷」の一文字が朱色で大きく書かれた看板の下で、ピタッと歩みを止めたうちの猫。
 視線の先を追って見れば、屋台の中ではちょうどかき氷機が回されているところだった。その光景に、海未はすっかり目を奪われている。
 ところで、今日の海未は、俺のおさがりのTシャツと下着のパンツだけの例の基本装備ではなく、ちゃんと自分のサイズに合ったタンクトップを着て、下はデニムのショートパンツを穿いていた。いちおう分別はあるらしい。だからといって化粧をしたわけでもないし、格好は限りなくラフだし、そんなにいつもと変わらなくも見える。海未のせいで、俺の女に対する感覚まで麻痺してきている気がする。
 ……あ。でも、今日はつけてんのか。ブラ。
 無遠慮に胸のあたりを眺めていると、海未がこちらを振り向いた。

「けーた、けーた」
「なんだよ」
「かき氷だよ」
「うん」
「冷たくて、きっとおいしいよ」
「……」

 俺の服の裾を掴んで離さないまま、大きな目が期待するようにじっと俺を見上げている。
 食いたいなら「食いたい」って言えよ、子どもか。呆れながらも、俺は仕方なく財布を出した。

「……何味?」
「いちご!」
「俺ブルーハワイ!」
「ぼくカルピス」
「あっ、カルピスもいいな。慧太、やっぱ俺もカルピ、」
「すいません、いちご二つください」

 幻聴が二言三言聞こえた気がしたけれど、とりあえずすべてシカトする。

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