頭が重い。さっきよりも。
「出ていけ」って、言われるかな。そうかな。
けーたからしてみたら、きっと体調を崩したあたしの存在は、とてもめんどくさいはずだ。
キッチンのほうから、冷蔵庫を開けたり蛇口から流れる水の音が聞こえてくる。けーたはごはんを済ませたら、今日もどこかへ出かけるのだろうか。
けーたは、午後はだいたいいつも部屋にいない。夜勤のバイトらしいし(職場がバーであることはつい最近知った)、そうでなくてもあの黒くて重そうなギターケースを背負って、どこかへ出かけてゆく。あたしの知らないどこか。それを聞くつもりなんてないし、これからもきっと、あたしは聞かない。けーたに下手になにか聞いて、いまの生活を変えるきっかけになったらこわいから。
あたしは、いまの生活がすきだ。
けーたはあたしになにかを求めることはしない。けーたはきっと、あたしを猫のように思っている。だから、あたしはただ与えられた毛布とこのソファの上で、日がな一日猫みたいにごろごろしていればよかった。
なんにも変わらなければいいのに。このまま、ずっと。
猫扱いだろうが、それでもいい。この部屋にいると、まるでほんとうに日なたで眠る猫のような気持ちになる。ずっとここにいたい、と思う。
熱を出して、めんどくさそうにため息を吐かれて、そして去っていく背中を見て、あたしははじめて不安になったのだった。
けーたに「出ていけ」って言われたら、どうしよう。
――冷たい。
いつのまにか眠りかけていたらしい。
ぱっと目を開けて、視界に飛び込んできたのは、いつも通りの無愛想な顔。
「……けーた……?」
「なに」
短く返ってくる低い声も、やっぱりいつも通り。
あたしはぼんやりと重たい意識のままに、急に冷たくなった自分の額にふれた。
あ、冷えピタ。
「……きもちい」
「そ。てかおまえ、なんか食え。これ食後って書いてあるし」
けーたが手の中にあるものを振って、それがジャラジャラと音を立てた。薬が入っているような小瓶だった。風邪薬だろうか。
「起きれる?」
あたしはうんと頷く。しかし上半身を起こそうとすると、思いのほか視界がぐらぐらとゆれた。
「どんだけ熱あんだよ」
視界といっしょにぐらぐらしていた体が、ふと楽になった。背中越しに大きな掌の感覚がある。支えられている、とわかる。
「冷蔵庫にこれぐらいしかなかったから……。ほら、口あけて」
素直に口を開けると、スプーンが口のなかに入れられた。舌の上にヨーグルトの甘い酸味が広がる。熱のせいでいつもより味が変だった。でも冷たくて、さっぱりしていておいしい。
けーたはあたしの体を片手で支えながら、もう片方の手ではあたしに甲斐甲斐しくヨーグルトを食べさせてくれる。お母さんみたい。そんな思考が脳裏をよぎって、おかしくなる。
「なに笑ってんの」
「けーた、お母さんみたいだよ」
「……喧嘩売ってんの?」
一層低い声で言われるけれど、べつにこわくなんてないし、やっぱりおかしくてたまらない。
けーたはずっと不機嫌な顔をしながら、あたしにヨーグルトを食べさせて、コップから水も飲ませてくれた。あたしがおいしい、と言うと、あっそ、とそっけなく返してくる。
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