夕方と同じようにギターケースをベンチの横に置いた後、おにいさんがあたしの隣に腰を下ろした。ダウンコートのポケットに手を突っ込み、足を組んで座る。
 ……なんで?
 あたしは状況がつかめなさ過ぎて、言葉も出なかった。

「なに、家出少女?」

 不機嫌そうな顔であたしを見るなり、おにいさんが言った。
 いえでしょうじょ……。いや、まあそうなんだけど。

「それとも、ホームレス少女?」
「……」

 もしかして、からかわれてるのだろうか。いや、きっとそうに違いない。
 あのビターチョコレートなハミングがまるで嘘みたいに、無愛想なくせにどこか愉快そうな口ぶりで訊いてくる。
 そうなんだけど。おっしゃる通りですけど。図星過ぎてあたしはちょっとむっとしたので、おにいさんから視線を外した。
 夜の色をした暗い海が見える。
 夜の群青。夕陽のオレンジ。でもあたしがずっと思い描いていた海は、澄みきった空の青だった。
 ほんとうの色って、何色なんだろう。何色なのが海なのかな。
 “あたし”は、何色なのかな……。

「それ」

 おにいさんの声で我に返った。

「ちょうだい」

 長い指が差す先をゆるゆると追っていくと、あたしのモッズコートのポケットからはみ出ているチョコレート菓子の袋にたどりついた。
 そういえば、と思う。駅前のコンビニでカフェオレといっしょに買ったのだった。
 あたしは、これ? と目で訊ねた。おにいさんは頷く。

「いや」

 あたしは首を横に振った。おにいさんは、は? って顔をした。実際に、は? と口にした。しかしあたしは頑なに首を横に振ってみせる。

「やだ」
「なんで」
「あとで食べるんだもん」

 きっぱりと答えてやると、ややあって、なぜか吹き出された。なにそれ、と言って、おにいさんは声をあげて笑う。
 正直、食べないでいたのは忘れていただけであって、からかわれたことにむっとしていたので適当に返した言葉であるが、何がそんなに可笑しいのかよくわからない。
 あたしのことを少女とか言ったおにいさんは、笑ったら、あたしと同い年ぐらいに見えた。

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