その日はよく晴れた三月だった。
 学校から家に帰ってきたあたしは、持っているなかから一番大きいサイズのボストンバッグを押し入れから引っ張り出して、そこに服や小物をめちゃくちゃに詰め込んだ。
 制服を脱ぎ捨てて、私服に着替える。三年間着続けた制服は青い色がけっこうすきだった。けれど今、足元に無造作に散らかってしまえば、まるでなにかの残骸のようで、青がくすんで見えた。
 めちゃくちゃにいろいろ詰め込んだわりに、持ち上げたボストンバッグは、軽い。軽いな。こんなもんか、と思う。

 部屋を出る。鍵はポストのなかに入れた。
 踏み込むたびにカンカン喧しく鳴るアパートの階段。ずっと嫌いだった。でも、今日でおしまいだ。
 階段を下りて、下からアパートを見上げた。いまどき木造二階建てのボロアパート。それも今日でおしまい。こんなふうに見上げることも、もうないだろう。
 いよいよ出ていく間際、アパートの裏手に回った。
 狭い敷地内に不釣り合いな銀杏の木の根本の、ある地面の前にしゃがみ込む。土が不自然に盛り上がっているその場所には、おとといお供えしたビスケットがまだそこにあった。

「ばいばい」

 あたしは呟き、花束をビスケットの隣に置いた。
 卒業式で貰った小さな花束で申し訳ないけど、でも、けっこうきれいだから、いいよね。
 ばいばい。もう一度だけそう思い、そっと地面をなでた。一ヶ月前まであたたかかった命なのに、その場所はひやりとしていた。
 当たり前だけど、だから、かなしい。

 最寄り駅への道のりで、イヤホンを耳にはめた。バイト代で買った水色のミュージックプレーヤーを冷えた指先で操作して、YUKIのベストアルバムをランダム再生に設定した。
 すぐに曲がはじまる。もう何度も聴いたその曲のゆるやかなイントロが、いまあたしの耳にとても鮮明に流れてくる。

「……おそれないで、感じよう」

 メロディーをハミングしながら、あたしは歩き出した。

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