俺は学生専用アパートで一人暮らしをしている健全な大学生であり、金がないのにすっかりこの店の常連客と化していた。
それもこれも、慧太と唯太が二人してここに勤めているからだ。遊びに行く感覚でついつい足を運んでしまう。金がないのに。
「ねえねえ慧太さん、あれやってくださいよ。カクテルシャカシャカってするやつ!」
「いま腱鞘炎だから無理ですね」
視線だけを動かしてみれば、マユコちゃんはまだ慧太に話しかけていた。頑張るなあ。俺、頑張る女の子って好きだな。
慧太といえば、やっぱりいつもの無愛想が継続している。マユコちゃんと視線すらも合わせずに、曰く腱鞘炎の手で、グラスをやけに丁寧に拭いている。
常連の俺がよく見るということは、マユコちゃんもけっこうな常連客ということだ。さらに言ってしまえば、このバーのというより、慧太の常連か。
というか、俺が知っているだけで慧太の常連はマユコちゃんだけではない。軽くあと二、三人はいる。くっそ腹立つ。
「慧太さあ、いまカノジョいないのカノジョ。モテるんだから、そのなかにちょっとは気になる子の二、三人ぐらいいるでしょ」
「……さあ」
「なに、唯太くん、いまの間は?」
「ぼく知らない」
「慧太、女の子に興味なかったりして。男のがいいとかだったらどうしよう。なんつって〜」
「秋吉、また殴られるな……」
「冗談だよ! 言わないでね!」
ちょっと本気の発言だったけども。
だって、実際に寄ってくる女の子なんかたくさんいるのに、なんでって思うじゃない。それとも俺ががっつき過ぎなのか。いいやそれはないな、うん。
だいたい慧太は、高校時代からこの手の話をすると、あからさまに「めんどくさい」という顔をするのだ。好みのAV女優の話とかならそれなりに乗ってくるくせに。健全なのか不健全なのかわからない。
「えっ! 慧太さん、猫飼ってるんですか?」
マユコちゃんの跳ねるような高い声に、再び意識をそちらへ向ける。
「あたしも実家に猫いるんですよ、アメショー」
「うちのはそういう血統書付きのじゃないんで」
「ミックスですか?」
そんな会話を盗み聞きしながら、思わず目がまるくなる。慧太、猫なんて飼ってたの?
「へー、俺初耳なんだけど。唯太知ってた?」
視線を二人の方へやったまま、唯太へ問う。しかし返答がない。不審に思い、唯太を見上げれば、いつもの無表情がそこにあった。けれど、なにか引っかかる。
唯太は、基本無表情でなにを考えているかわかりづらいけれど、伊達に付き合いが長いわけじゃない。
これは、なにかあるな。
「どんな猫なんですか?」
「……三毛猫っぽい感じですかね」
「へー、なんか慧太さんが三毛猫飼ってるって意外〜」
「……」
「かわいいですか?」
「まあ、かわいいっすよ」
「今度見てみたいな〜」
「ダメ」
「やだ、慧太さんかわいー! ちょう親バカじゃないですか!」
いままでの会話は流すようにテキトーだったくせに、「ダメ」だけ即答した。どうやらずいぶんその猫をかわいがっているらしい。
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