岡部サン。
 遥の一目惚れからはじまった、片思いの相手。
 同じバイト先で、なにかと話しかけたり夕飯やデートに誘ったりとがんばっていたみたいだったけれど、冬休み中にとうとう告白に至り、その結果、フラれたという。

(まさか、フラれるとはね……)

 遥は、こんな情けないいまの状態からもわかるようにヘタレだし、おまけに単純で天然だ。でも、良くいえば裏表がない素直で明るい性格だし、ついでに背は高いしスポーツ万能だし、それでまた顔面は王子様系のイケメンときた。
 つまりなにが言いたいかというと、遥ががんばったら、たいていの女の子はころっと落ちるはずだと思ったのに。

 岡部サンのことを、俺は一度だけ見たことがある。すでに記憶の彼女はうろ覚えだけど、実際他人の印象に強く残るわけでもない、ごくふつうの女の子だった(俺らよりも年上らしいけど、なんだかまだあどけない子どもみたいだった)。
 華やかな友人の恋の相手があまりにふつうだったので、俺はなんだか釈然としない気持ちで訊ねたことがある。
 岡部サンのどこがいいの、と。
 あのとき、遥はなんて言ったっけ?

「……ハル」

 遥が泣きながらたまに咳き込んだり鼻を啜る音だけがしていた気まずいような微妙な空気を、ヒロが破った。男前でいつも潔いヒロにしてはめずらしく、躊躇するように静かな声で。

「ハルさ、泣くほど岡部さんのことすきだったのは、わかるよ。一応おまえががんばってたの、見てたつもりだし。――でもさ、割り切るしかねんだよ。どうにもならないこともあるよ。ひどいこと言ってるかもしれねえけど……」

 ヒロにしては突き放した厳しい言葉に、俺は少し驚いた。

「でもさ、これで人生終わったわけじゃねえじゃん」

 すぐに声の調子を上げて、励ますように訴えかける。

「大丈夫だよ。おまえイケメンなんだし、運動だってなんだってできんじゃん。それにほら、数学だって得意だし、あとえーっと……」
「遥、誰とだって友だちになれんじゃん」

 つい口を挟めば、ヒロと、ようやく顔を上げた遥がそろって驚いた顔をして俺を見た。遥にいたっては、涙と鼻水でせっかくの恵まれた顔面がぐしゃぐしゃでひどい有様だった。

「あーあ、イケメン台無し」

 ぽかんとしている遥の手から、さっきのプリンを取り返した。ペリッと封を開けながら俺は、とりあえず思ったことをそのまま言ってやる。

「なんかがんばって忘れようとしてるっぽいけど、べつにいいじゃん。友だちになれるまで勝手にすきでいれば」

 俺はヒロみたいに友だち想いじゃないから、わざわざ励ましの言葉を選んでやったりなんかしない。
 だから、これは俺の本心。

「大丈夫でしょ。だって遥、誰とだってすぐ友だちになれんじゃん」

 だって、俺のような素行悪いのとでも友だちやれるんだから。
 まあ俺は恋を経験したことがないから、失恋がどれくらい辛いものなのか正直ちっともわからんけど。
 けどさ、いつも誰とだって屈託なく笑える遥のことだから、どうせすぐうまくやれるよ。

「ミーちゃんがやさしい! な、なんか気持ち悪い……!」

 我に返ったように、遥が感嘆する。

「いちおう慰めてんのにひどくね? 遥の声のがキモいから。つーか遥、スプーン持ってきて」
「んだよ美央、めずらしくいいこと言うじゃん! 俺もスーパーカップ食おっと。ハル、スプーン」
「ねえ、俺のお見舞いなんじゃないの? スプーンはりっ……お母さんに言って」
「うわ、もしかして遥、まだお母さんのことりっちゃんって呼んでんの? キモ」
「それ言うならミーちゃんなんかいまだにママ呼びじゃん。正直けっこうドン引きだかんね、俺」
「マジかよ……。美央、シスコンでマザコンとか最強だな」
「りっちゃーん! スプーンちょうだーい! ひとつでいいからー!」

 あーあ、心配して損した。
 ま、お見舞いなんて建前ですし。指導室から逃げてきただけですし。
 それはそうと、冬休み前、教室で俺が訊ねたことに対する遥の答えを、俺はいまだに思い出せないでいる。
 あれ? もしかして結局答えなかったんだったっけ? ……まあいいや。

 ただ、あのとき俺は、ちょっとだけ遥のことをうらやましいと思ったんだ。
 なんか、ちょっといいなって思ったんだ。家族でもない他人のことをそこまで想えるなんて、と。


「フラれたってさあ、岡部サン、例の元カレとより戻したってこと?」
「ミーちゃんが俺の傷を抉るんだけど!」
「あー、なんか元カレじゃなかったぽい。でもすきな人がいるってフラれたんだって」
「よくわからんけど……ま、遥おつ」
「ハル、熱下がったら俺ラーメン奢ってやるよ。お疲れさん」
「うわあああああ!」

 なにはともあれ、俺の友人・日向遥は、やっぱり今日も残念すぎる。

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