「ハルー」
「はーるかー」
見舞いに来てやったぞー、とヒロがおざなりなノックをして、返答も待たずに慣れた手つきでドアを開けた。
俺もヒロも、ほどほどに整頓された室内の一角に視線が釘づけになる。ベッドの上に巨大なミノムシを発見したからだ。
「ハールー、寝てんのかー?」
ミノムシ――もとい、頭から布団をかぶりまるまって寝ている遥を、ヒロがペシペシと叩くが、返答なし。それを横目に見ながら、俺はヒロが床に置いたコンビニ袋の中身を漁る。あ、ラッキー、新発売のプリン入ってんじゃん。
「……あれ。ふたりとも、なんでいるの……?」
スプーンを探していたら、衣擦れの音がして、ひどくしゃがれた声が聞こえた。なんだいまの声……。俺の知っている遥の声とだいぶ違うんだけど。
思わず噴き出すと、ほぼ同時にヒロもげらげらと笑い出した。
「ぶはははっ! ハル! 声どうしたそれ!?」
「びびった〜! なにそれ、天龍じゃん! 字幕いるやつじゃん!」
「天龍じゃないよ! 日向遥だよ! 熱で喉やられてんの! てかいきなり二人してなに!? 俺を笑いにきたの!?」
布団から上半身だけ這い出して、遥が変わり果ててしまった声で叫ぶ。なんだ、思ったより元気じゃん。と思った矢先、病人らしく咳き込みはじめた。大丈夫かよ、とヒロが呆れ顔ながらも甲斐甲斐しく遥の背中をさする。
「オエッ、喉が痛い……。えー、二人ともほんとにどしたの? どっから入ったの? 窓?」
「玄関だよ」
「遥が風邪で死んでるっていうから、俺らお見舞いに来たんだよ。ねー、ヒロー、袋んなかにスプーン入ってないんだけどー」
「そもそもおまえのプリンじゃねーから」
渋い顔したヒロが俺の手からプリンを素早く奪い、遥に渡した。ちぇっと心のなかで舌を打つ。
「プリン以外にもてきとーにいろいろ買ってきてやったけど、食いたいもんある?」
「うわあ、こんなに買ってきてくれたの? ヒロやさしい〜」
「ヒロ、お母さんみたいじゃね?」
「お母さん言うな。んなことよりおまえ、風邪なんかさっさと治してはよガッコ来いよな。ハルがいねーと数学の課題あてになるやついなくて困るし」
「……うっ」
俺もヒロもぎょっとする。突然、遥が顔を歪め、目に涙を浮かべたのだ。
ベッドの上で膝を抱えてガチ泣きする姿に、俺はようやく本気で遥の容態を案じた。なんなんだ、熱で頭までやられてしまったのか。
「……明後日から」
しばらくして、遥が嗚咽混じりに声を発した。
「明後日から、俺バイトなんだけど……」
「……けど?」
「俺、これから岡部さんとふつうに話せる自信ない……。むり、顔見たらぜったい泣いちゃう……うう……」
ヒロとそろってガクッと脱力する。そんな俺らの反応をよそに、遥はめそめそと語り続ける。
「あのときはちゃんと友だちでいようって言えたのに……。いまはどうやってこの気持ち忘れられんのか、ちっともわかんない……。そんでまた忘れなきゃ忘れなきゃって思ってるのに、夢とかみちゃうし……無駄にいい夢みちゃうし……」
その夢を思い出したのか知らないけど、遥は膝に埋めた顔を上げないまま涙を再開させる。ヒロは、困ったように頭を掻いている。俺は、ぼんやりと考えていた。
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