「ヒロはいいよね、集会のときに船漕いでてもそんな目立たないじゃん」
「……おまえそれわざと? わざと言ってる? 喧嘩売ってる? 言っとくけど俺べつにチビじゃねえし」

 おまえらがでけぇだけだろ、とぶつぶつ不満を垂れながら、ヒロは俺の前で自転車を漕ぎ続ける。向かい風に吹かれる短い黒髪は、俺の髪と違って健康的。

「つうかよー、おまえのがでかいんだから、ふつう漕ぐのおまえなんじゃね? なんで俺が漕いでんだよ」
「だってこれヒロのチャリじゃん。あと俺、遥んちの道筋まだちょっと曖昧なんだよね」
「んだよもー、使えねえ……。あー、坂道きっつ〜」

 男二人を乗せた自転車は、ギコギコとあやしい音を立てて走る。
 軽い登り坂に差しかかり、ヒロがサドルから尻を上げてペダルにさらに体重をかけた。きついきつい言いながらも、自転車は坂道を順調に上っていく。さすが体育会系。身長だけなら豆柴みたいなのにすげえ。

「しっかし、美央がついてくるとは思わなかったわ」

 坂道から平坦な道に戻る。軽快に自転車の速度を上げて、ヒロが妙に感慨深げな口調で言う。

「美央って基本ドライじゃん。姉ちゃん以外どうでもいいみたいなとこあるじゃん」
「俺だって友だちの見舞いくらい行きますし」
「美央にも人の心があったんだなー」
「どういう意味だし」
「ああー、風さっみ!」

 何気に俺のセリフはスルーされる。
 ヒロって基本いいやつだけど、たまにそういうとこあるよね。

「見舞いだし、なんか買ってくか。そこ曲がったらコンビニあるし」

 でもやっぱり、俺と違ってヒロはいいやつだと思う。そもそも友だちの見舞いに行くなんて発想が俺にはなかったのだから。

「コンビニ行きてー。ピザまん食べたいピザまん。ヒロ奢ってよ」
「おまえやっぱ見舞う気ゼロだろ。奢らねーわアホ」
「あ、てか、マスク買ったほうがよくね? 風邪うつるかもじゃん」
「……そういや美央、始業式んとき先生に『帰り指導室』とか言われてなかった?」
「……友だちが風邪ひいてるのに指導されてる場合じゃないっしょ」

 ヒロがぶはっと噴き出す。いや、全然笑うところじゃないから。俺めちゃくちゃ真面目に言ってるから。

 遥の家は、学校から自転車で突っ走って二十分程の場所にある、小綺麗なマンションだ。
 ヒロなんかはけっこう頻繁に遊びに行っているらしいけれど、俺は中学のときに一度、高校生になってからは、夏休みに今日みたいにヒロといっしょに来た程度だ。
 玄関で迎えてくれた遥の母親は、ヒロが「遥くんのお見舞いに来ました」と行儀良さげに告げると、うれしそうな満面の笑みで俺たちを家にあげてくれた。やさしげな、それでいてぱっちりとした二重の目元が遥そっくり。

「遥って、ぜったい母親似だよね」
「おまえそれ前に来たときも言ってたぞ」

 そうだったっけ。

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