そっと視界の端で、海未を見た。
 海未は膝を抱えて座っていて、うつむき気味に着ているTシャツの裾を引っ張ったりしている。
 どうやら、自分から質問に答えるつもりはないらしい。

「拾ったの」

 海未の頭に手を乗せ、ゆるくなでながら俺は言う。

「だから、ここで飼ってる」
 
 小さな頭はされるがまま、俺がなでる調子に合わせてゆれる。
 なにこいつ。黙っちゃって、かわいい。
 何も言わない、いつもより殊更小さく見える姿に、いとしさや優越感のようなものを覚えるなんて、どうかしている。俺はどこか歪んでいるのかもしれない。
 俺の言葉に対して唯太は、へえ、なんて気のない相槌を打ち、そのあと、無表情のままに淡々と口を開いた。

「慧太、犯罪はよくない」

 数秒の沈黙が生まれた。

「……え、犯罪になんの?」
「こういうのって誘拐なんじゃないの? 海未ちゃん未成年っぽいし。未成年誘拐罪って、こないだニュースでやってたよ」
「マジで?」
「ははは、誘拐犯」
「……それなら、いまここにいるおまえも共犯ってことにするわ」
「ぼくパパに怒られるから帰る」
「ふざけんな、一人暮らしだろおまえ」

 俺が言うなり途端に背を向けて逃げようとする黒いシャツの衿を、そうはさせるかとひっつかむ。勝手に部屋に上がっておいて、挙句人を誘拐犯呼ばわりしておいてふざけんな。

「むふふっ」

 俺も唯太も、お互いに動きを止めた。お互いに顔を見合わせ、俺たちはそろって視線を同じ場所へ向けた。
 海未が笑っていた。ケタケタと、子どもみたいに。それはもう可笑しそうに腹を抱えて。
 しばらく呆気にとられていたが、あんまり海未が笑い転げているのを見ていたら無性に苛立ってきた。デコピンする。

「いたい!」
「おまえ笑いすぎなんだよ」
「だってうける。けーたが焦ってるとこ、はじめて見た」

 誰のせいだと思ってんだ。
 デコピンされた額を押さえながらも、海未はまだ可笑しそうににやにやしている。
 うける、じゃねえよ。にやけっ面にまた腹が立つ。そして、ちょっとでも焦った自分がめちゃくちゃ馬鹿らしくなってくる。

「こわいお兄さんに拾われちゃって、海未ちゃんカワイソウ」

 横からそんな棒読みをした当人をすかさず睨みつければ、冗談だよ、とか言いつつ、唯太が俺から視線を逸らした。

「そうだ。海未ちゃん、DVD見る? 情熱大陸」
「情熱大陸だったのかよ」
「なんだと思ったの?」
「見たい!」

 ソプラノトーンが高らかに響く。
 海未が笑う。そんなふうに無邪気に笑っていると、ほんとうに子どもに見える。いや、ほんとうに子どもなのかも。
 そういえば海未って、何歳なんだろう。
 なんとなく抱いた些細な関心は、俺が海未に対して抱いたおそらくはじめての関心だった。

「あ、雨やんでる」

 ぽつりと唯太が呟いた。
 窓を見る。ほんとうに雨は止んでいて、雲の隙間からはうっすら日が差していた。通り雨だったらしい。

「ねえ、DVD見ようよ」

 海未のせがむ声とともに、俺の服の裾が引かれた。それで結局海未の年齢のことも、まあいいか、と通り雨のように脳裏を過ぎていった。


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