高校二年生の四月、校舎の前の掲示板を見上げたときだった。

「うそっ、また同じクラスじゃん!」

 抜けるように明るい声が、俺の真うしろで響いた。
 かなり驚いて、思わずちょっとだけうしろを振り返った。

「何組?」
「六組! やべえ、笑うんだけど! これでまたクラスメート記録更新ですね!」
「先生にセット扱いされてるんじゃない? 僕ら」
「あははっ、まあでもよかったよかった! また一年よっしくね〜」
「こちらこそよろしく」

 二人組の男子生徒だった。お互いの見た目や声のトーンは対照的なのに、ふたりは仲良さげに笑いあいながら校舎へと入って行く。
 彼らのうしろ姿を、自分にはひどく縁遠いもののようにぼんやりと眺めていたら、いつのまにか周りにいた生徒の数がずいぶん減っていた。
 思い出したように、改めて掲示板を見上げる。端のクラスから自分の名前を探していく、と。

(……あ、)

 六組。
 そう胸のうちで呟いた声は、さっきの名前も知らない誰かの明るい声で再生された。


「来栖慧太?」

 聞き覚えのある、明るい声だった。
 その日、帰りのHRが終わってすぐに、いきなりフルネームで名前を呼ばれた。
 顔を上げると、席に座ったままの俺の前には男子がひとり立っていた。赤みがかった茶髪に、奥二重の大きな目。すぐに、先日クラス表を見ていたとき俺の真うしろにいた二人組の一人だと気がついた。そういえばクラスメイトだったっけ。
 そいつは人懐こい犬のような顔で、だよね? と俺に向かって指をさしてきた。

「……そうだけど、なに」
「来栖ってさ、もしかしてだけど北中出身?」
「そうだけど」
「うわー! やっぱ本人だー! あのさあのさ俺さ! 東中だったんだけどさ! ねえ、俺のことおぼえてない!?」

 突然興奮気味に訊ねられ、思わずたじろぐ。いきなりなんなんだこいつ。
 「俺のことおぼえてない」……? 若干勢いに気圧されながら記憶を探ってみる。けれど、それらしいものはいっこうに見当たらない。そもそも出身校の思い出だってたいしてないのに、まして他校のことなんか知るはずもなかった。東中に知り合いなんていないし。

「人違いしてんじゃないの。俺は知らないけど、あんたのこと」
「……やっぱおぼえてないか〜。まあふつうに考えてそうだよね、うん」

 そいつは、俺の答えに勝手に納得してうなだれた。

「来栖、バスケ部だったでしょ?」

 顔を上げるなり、また質問される。
 バスケ部。その言葉を聞くのが、ずいぶんひさしぶりに思えた。同時に、当時の散々な記憶が芋づる式に引っぱり出されて、べつに目の前のこいつは関係ないのだけど、つい目を背けた。

「俺も、中学バスケ部だったんだよね。で、二年のときの県大会のトーナメント戦でさ、俺らの学校当たったんだよ。俺そんときの試合で、最後の最後に来栖にボール取られてロングシュート決められちゃって。これでも当時エースだったもんだから、それがもうずーっと悔しくてさ〜」
「……そんなことあったっけ」

 おぼえてる。
 部活を辞める直前の試合だった。部でもクラスでも村八分にされて、ぜんぶどうでもいいと割り切って過ごしていたのに、そのときは無性に苛立ちを抑えきれなかった。
 チームプレイなんてガン無視で、ひたすら相手チームからボールを奪って走ってやった。終わったあともべつに胸は晴れなかったし、悪あがきのようなひどく子供じみた行為だったと、いま思い出してみて恥ずかしくなる。

「あははっ、まーね、そんなもんだよね! 俺が勝手に根に持ってただけだし」

 俺がまったくおぼえていないと言ったことで、嫌味のひとつでも返ってくるのかと思っていたら。

「だから気にしないで……っつうか、なんかごめんね? ひとりで喚いちゃってさ」

 と、そいつは陽気に笑いかけて、嫌味どころか謝罪してきた。

 (……なんだこいつ)

 勝手に興奮して詰め寄ってきたかと思えば、勝手にあっさりと終わらせる。
 そいつの笑顔から覗く無邪気な八重歯を見て、なんだか一気に力が抜けた。それで、ああ俺、無意識に気ぃ張っていたんだな、とはじめて気がついた。

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