ゆるいパーマのかかった黒髪から、ポタリと一粒水滴が落ちた。
海未が持ってきたバスタオルを「ありがとう」と受け取った唯太は、それでわしわしと濡れた髪を拭いた。
窓の外は雨だった。バイトからの帰り道は朝日がまぶしかったのに、いつのまに降り出したのだろう。
初夏ではあるが、この雨のせいか気温はそれほど高くはなく、室内にいても肌にまとわりつくような湿気だけが鬱陶しい。
「レンタルDVD返しに行こうとしたら、急に降ってきてさ。あー困ったなー、とか思ってたら、そういえば慧太のアパート近かったの思い出して。まあそんな感じです」
端的に言えば、唯太は雨宿りに来たらしかった。
しかし、困ったなーという言い方がちっとも困ってるふうに聞こえない。どうせ濡れてるんだからここに寄らないでそのまま自分のアパートまで頑張れよ、と思う。
「久しぶりに慧太んとこ来たのに、そんなうざそうにされると傷つくなー」
「棒読みやめろ。それにさっきまでバイトで顔合わせてただろ。てかよく起きてられんな。おまえだってフルタイムで働いてたくせに」
「俺明るいと寝られないんだよね」
「嘘つけ、おまえ目ぇ開けたまま寝れるだろ」
「唯太くん、けーたといっしょのとこで働いてるの?」
「ああ、うん。そうなの。同じバイトなの」
俺たちの会話に横から割り込んでくる海未。
というか、なんでまたおまえはふつうに「唯太くん」とか呼んでんの。唯太も唯太で、ごくふつうに「海未ちゃん」と呼んでるし。
そのまま和やかに話しはじめた二人をなんとも言えない心境で、真顔で眺める俺。
「DVDなに借りたの?」
「……えーと」
海未の純粋なまなざしを避けるように、唯太が俺を横目に見る。
おいやめろ、こっち見んな。こいつぜったいAV借りたよ。
「あー、ていうか、海未ちゃんは慧太のカノジョ?」
さりげなく話題を変えやがった唯太の節の目立つ指が、躊躇いがちに海未を指した。
話題を変えるにしても他になかったのかと恨めしく思ったが、その実聞かれて当たり前だとも納得する。海未のことは、誰にも言っていない。先日連絡をとったばかりの兄貴にだって、「猫を飼っている」なんて話はしたが、まさか女の子を飼っているとは言わない。
俺は、友人が少ない。挨拶を交わす程度の知り合いは多少いたとしても、プライベートな交友関係となると、ひどく狭い。
けれど、いまこうして唯太が部屋に来ているように、海未の存在はいつかは誰かに知れることだった。
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