――ピンポーン。
 ひどく耳に慣れた電子音が聞こえた気がした。まるで、そうだ、この部屋の来客を知らせる呼び出し音みたいな。

「……夢か」

 そうだ、夢だ。夢のなかの音だ。なので、俺はまぶたを開けなくていい……。

「けーた!」

 今度は、知らないうちに耳に慣れてしまった声が飛び込んできた。
 舌足らずなソプラノトーン。それで俺の意識は夢から現実へ、一気に引き戻されてしまうのだった。

「けーたってば!」

 目を頑なに閉じたまま眉を顰める。
 声はめちゃくちゃすぐ傍で聞こえるけれど、眠い。むり。めんどい。しかし、シカトしていたら、毛布越しから背中をバシバシと叩かれる。地味に痛いし、おまえは俺の母ちゃんか。

「けーた、起きて! シカト? けーたシカトなの? そうなの?」

 あー、うるさっ。
 俺は今日も今日とて夜勤のバイトで、それが終わったあと部屋に帰って風呂入って即行寝たかったのに、もはや恒例行事のこいつの朝飯に渋々付き合ってさっきやっとベッドに入ったばっかなんだけど。
 それなのに、なんでまた叩き起こされなきゃならないのか。頼むからこれ以上俺の貴重な睡眠時間を奪わないでほしい。
 すべてから逃れるように、毛布を頭からかぶる。

「けーたってば! コンチキショウ!」
「海未ちゃん、風呂場のタオル借りてもいい?」
「あ、どうぞ。ごめん、けーた全然起きてくれないよ。シカトだよ」
「ああいいよ、無理に起こさなくて。寝起きの慧太、五割増しで機嫌悪いし」
「そうだよね。あたしいつもデコピンされるよ」
「俺の友だちも殴られてた」

 まるで友人同士の日常会話のような、ごく自然な調子の会話が俺が寝ている部屋で繰り広げられている謎。
 ソプラノトーンに混じって、やたら抑揚のない低い声が聞こえる。うちの猫は一匹だったはずだ。いつからもう一匹増えたんだ? って、いやいやいや、こんな低い声の猫とかきしょ過ぎるだろ。誰が飼うか馬鹿。

「……おまえ、なんでいるんだよ」
「あ、起きた」
「あ、起きた」
「ハモんな」

 Tシャツ一枚ほぼパンイチの猫がここにいるのはデフォルトなので、それはとりあえずシカトする。しかし、その横に立っているでかい男はなんだ。
 まったく状況がつかめないでいる俺に対して、そいつは、至極スローテンポに「お邪魔してます」なんて棒読みなセリフを寄越してくるのだった。

「唯太。なんでいんの」

 俺の当たり前の質問にも、唯太の表情は特に変わることはない。無表情がデフォルトというぐらいには、この友人は毎度こんな調子なのだ。

「なんでって、ピンポン鳴らしたら海未ちゃんが出てくれて、俺を部屋に入れてくれたから」

 あっさりと答えてくれた唯太は、横に立つ海未と「ね?」なんてアイコンタクトするし、海未も海未で当然のように頷くし。
 起きぬけ特有の、鈍い頭痛の感覚だけがやけに鮮明で、とりあえずこの状況が夢でないことだけは理解した。

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