二十一歳の春だった。
 橙色の海をベンチに座って眺めていた。
 ふと、顔を上げたら、いつのまにか傍に女の子が立っていた。西日で透ける長い茶髪を潮風になびかせて、猫のように強いまなざしで俺を見据える知らない女の子。最初は驚いて微動だにできなかったが、声をかけてくるでもなくただこちらをじっと見つめるだけの彼女を不審に思い、俺はその場を立ち去った。
 夕焼けの頃とは打って変わって、柵の向こうに広がる暗闇の海。
 夜、用事を終えたあとなんとなく足が向いて臨海公園へ戻ってみると、周囲に誰ひとりいない閑散としたその場所で、取り残されたようにぽつんとベンチに座っている頼りないうしろ姿を見つけた。

 ――誰か待ってんの?

 声をかけたのは、たわむれだった。
 まじまじと俺を見上げる目がやっぱり猫に似ていると思った。その目で見つめられるのは、嫌じゃなかったから。

 ――おまえ、家くる?

 置いてくよ、と歩き出せば、猫に似た女の子がついてきた。不思議そうな顔をしながら俺のうしろをちょこちょことついてくるのが可笑しかった。
 名前は、なんとなく三毛猫っぽいから、ミケでいいかと訊いた。そうしたら途端にむっとした目になって、「いやだ」と言う。意外と生意気。俺は隠れて笑った。

 海に、未来の未で、海未。
 俺の隣で、あどけない寝顔で眠る女の子の名前。

「……ちいさ……」

 子どもみたいな手だと思い、繋いだままの手を、少しだけ握った。

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