ドアが半端に開けっ放しなので、冷蔵庫を開ける音だとかが丸聞こえだった。
 しばらくして戻ってきたけーたの手には、スプーンとカップアイスがふたつずつ。

「ん」

 ぶっきらぼうに差し出されたアイスを見て、あたしはちょっとびっくりした。高いやつ、と思う。高級感あふれるパッケージに釘付けになっていたら、いらないの、と言われる。慌てて首を振って、アイスとスプーンを受けとった。
 ピンク色のアイスはいちご味だった。冷たくて、あまい。熱っぽい舌の上ですぐにとけていく。

「うまい?」

 さっきと同じ場所に腰を落ちつけて、けーたが訊ねた。

「うん」
「ふうん」
「……なんでけーたも食べてるの?」
「俺が買ってきたやつだし」

 けーたは、あたしが選ばなかったほうのアイスを食べ始めていた。てっきりそれもあたしにくれるんだと思ったのに。
 けーたのアイスは表面が濃い茶色で、チョコレートの香りがした。そっちもおいしそうだ。ひとくちほしくなってくる。

「けーた」
「なに」
「ひとくちください」
「やだ」
「……」

 やだって。子どもかよ。ちゃんとお行儀よく頼んだのに、けーたのケチ。あたしはむっとしながら、いちごのアイスを黙々と食べた。
 あまい。おいしいな。食べながら、あたしは思い出していた。前に熱をだしたときに、けーたにアイスが食べたいと言ったこと。
 あたしはけーたに、今食べている高いアイスが食べたいと言った。あのとき、けーたは安いアイスを買ってくるようなことを言って部屋を出ていって、それで、あたしが食べたいと言ったアイスを買ってきてくれた。
 あのとき食べたのはバニラ味だった。あのとき、外は夏だった。夏風邪はバカが引くとかなんとか言われて、あたしはむっとしたのだ。

「……けーた」

 アイスを食べるのをやめて、こちらを見る薄茶色の目。その目で見られると、息がつまるけど、でも嫌じゃない。
 呼んでおいてなにも言えないでいると、手がのびてきて、それがあたしの髪をくしゃっとした。デコピンされるかと思ったのに。
 息がつまる。胸が苦しい。目の奥のほうがじわじわと熱くなってくる。
 けーたがここにいる。それだけのことを、あたしは何度もたしかめるように思った。

 アイスはまだ半分くらい残っていたけれど、もう食べられなくなってしまった。蓋をして、けーたに渡した。あとで食べる、と言うと、けーたはちょっと笑った。アイスを食べたあとは薬を飲んだ。カプセルを三錠。
 日が落ちると、薬を飲んだのに熱が上がってきたみたいだった。くらくらして、起きているのがつらくなってしまって、あたしはベッドに横になった。額に、けーたが新しい冷えピタを貼ってくれた。

「けーた……」
「……ん?」
「ベッド」
「ベッド?」
「ベッド、使って、ごめんね」
「いいから、寝てろ」

 寝てろ、と言われたけれど、うまく寝られない。小さな子どものような気持ちだった。さみしくて、不安になる。なにか話していないと、けーたがどこかにいってしまう気がして。
 けーた、ごめんね。アイス買ってきてくれて、ありがとね。いちごのやつ、あとで食べるから食べちゃだめだよ。
 けーたはあたしの拙い言葉に頷いて、時々あやすみたいに頬をなでた。冷たい手が気持ちよくて、でも、どうしてか、あたしは泣いてしまった。泣いてばっかりだな、とどこか冷静なところで思う。

「けーた」
「……なに?」
「どっかいく?」

 けーたの指が、あたしの目元を拭う。

「いるよ」

 その声を聞いたら、ほっとした。
 そっか、よかった。けーたがいてくれる。大丈夫だ。よかった……。
 安心して、瞼を閉じる。そのまま吸い込まれるように眠って、夢をみた。海辺を歩く夢。あたしは、けーたの隣を歩いていた。

「海未」

 あたしを呼んだ夢のなかのけーたは、やっぱり横顔だった。
 名前、もう呼ばれることはないと思っていたのに。もう、こんなふうに、いっしょにいられないと思ったのに。
 けーた、いいの。あたしは、けーたといたいよ。ねえ、いっしょにいてもいいのかな。そうかな……。

 あたしたちはただ海辺を歩いていた。キラキラとまぶしい、夜明けの海辺を。
 夢のなかで、あたしは、けーたとはじめて手をつないだ。

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