ハミングが聴こえる。
あと、ギターの音――。
ふ、と目をあける。
見慣れない室内……でなない。この場所で目覚めるのは、二度目だ。
ベッドの上でのっそりと上半身を起こした。頭が重く、体も軸をなくしたようにふらふらする。そして相変わらず寒い。
「……あ」
ぺろっと何かが額から剥がれて、シーツの上に落ちた。
あ、冷えピタ。
六帖もなさそうな狭い室内。ベッドのすぐ横にある小さなブラインドを上げてみると、金色の夕日が射し込んで室内を少し明るくした。
外の音がかすかに聞こえる。電車の走る音。子どもたちが笑いあう声。雪はもうやんだのだろうか。いま、何時だろう。あ、そうだ、バイトに行かないと……。
夢うつつの頭がだんだんとクリアになってきたところで、部屋のドアがきいっと開いた。けーたが立っていた。めずらしく寝起きのスウェットではなく、黒いパーカーと細身のジーンズというラフな普段着だった。
「起きたの」
歩み寄ってきたけーたが、ベッドに腰を下ろした。
冷たい手があたしの額に触れた。まだ熱い、とけーたが独り言のように呟いて、それであたしはようやく自分が発熱していることに気がついたのだった。
「おまえ、よく熱出すな」
「……バイト行かなきゃ」
「ぶっ倒れといてバイトもなにもねえだろ」
呆れ果てたように言われ、ちょっとむっとする。ぶっ倒れといてって、ぶっ倒れてないし。ちょっと転んだだけだし。
と、目の前に何か差し出された。あたしのケータイだ。
「昼間、おまえのバイト先から電話きて、俺でたから」
「え」
「本人熱出して寝込んでるって言ったら、多分店長とかだと思うけど、電話できる状態になったらかけてくれって」
「……」
「電話でただけだから」
と言った声は、まるで謝っているように聞こえた。
ケータイの画面の中では、パンダみたいな猫があたしを見ている。それから、16:10を示す時刻表示と、白い封筒のマーク。メールがきていた。
「……けーた」
愛想のない顔がこちらに向く。
あたしを見て、けーた、なに考えてるの。
「なに」
「……お腹すいた」
「食欲あんの?」
「うん」
「つーか、電話、したほうがいいんじゃないの」
曖昧で、不安定な、あたしたちの生活。
あたしを猫みたいに思っているけーた。それでかまわないと思いながら、けーたの背中を見るたび苦しくなった。だからおわりを口にしたのは、あたしだった。それなのにあたしはなにをしているんだろう。どこへ行けばいいのか、全然わからないのだ。
ケータイを、閉じた。
「あとでかける」
答えたあたしに、けーたはなにも言わなかった。
あたしは、夢かうつつかどっちつかずのような心地で、ずっとけーたの横顔を見ていた。長いまつ毛と、鼻のかたち。ちょっと尖った耳のかたち。星のように光るシルバーのピアス。
「……」
ふいに、目が合った。あたしはどきっとする。
「アイス、買ってきたけど」
食う? と訊かれる。頷くと、けーたはおもむろに腰を上げて、部屋を出ていった。
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