雪の気配がする、静かな朝。
「……行きたくない」
なんとなく口にして、後悔。余計に体が重たくなったような気がする。
今日は午後からバイトだ。行きたくないと思うのは、目が覚めた瞬間からいつもより体が怠かったせいである。頭も、痛い気がする。目は覚めているのにいつまでも意識がぼんやりとしていた。このまま起きないでいたい。
もしかして、あたし冬眠するのかな。そうかな。
(……ばかな)
無理やり体を起こしたら、くしゃみが出た。
時間をたしかめようとローテーブルの上のケータイへ手を伸ばす。メールがきていた。
From:日向くん
Sub:おはようございます。
また朝早くからごめんなさい(>_<)
昨日はありがとうございました!
動物園楽しかったです。本物のパンダが見れてよかった。
昨日撮った写真送りますね。うさぎ、可愛かったですね。 添付されていた画像を開いた。うさぎを膝の上にのせてカメラに向かって笑うあたしの写真が、画面いっぱいに映し出される。
笑った顔が幼かった。あたしって、笑うとこんなふうなんだな……。
写真を眺めながら、画面の向こうの自分が違う誰かに見えた。昨日撮った写真が、ずっと昔の記憶みたいに思える。
メールの文章はまだ続いていた。
うさぎも可愛かったけど、うさぎを抱っこしてる岡部さんもすごく可愛かった。……笑うかもしれないけど、俺あのとき、うさぎが羨ましかったんです(笑)
昨日の帰りに俺が言ったこと、返事はいつでもいいです。困らせてたらごめんなさい。
でも、待ってます。
どうでもいいけど、今部屋のカーテン開けたら雪ふっててびっくりしました。積もるかな。
それじゃあ、今日バイトで! メールをすべて読み終えても、あたしは返信も打たないままぼうっと画面を見つめていた。
さっきソファの上で目を覚ましたら、まるでいつも通りの風景が広がっていたので昨日のことはすべて夢だったのではないかと、そんなふうに疑っていたのだ。でも、ちゃんと現実だった。
返事をしなければ、と指を動かす。けれど指はいたずらにボタンの上をさ迷うだけで、なんと打てばいいのかちっともわからない。結局、あたしはケータイを閉じてしまった。
これからバイトに行けば、日向くんと会う。会って話そう。
(でも、話すって、なにを?)
全然わからない。
まっすぐあたしを見つめて、あたしのことをすきだと言ってくれた日向くん。
日向くんにあたしは、なにを言えば――。
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