晴れてよかった。来てよかった。今日が楽しくてよかった。よかった、あたし、笑えてる。
 パンダを見た。うさぎを触った。そのあと猿山に行って、寒さからか集団でお互い身を寄せあう猿を見た。二頭の親子ゾウを見た。日なたで眠る雄ライオンを見た。
 あたしが見たいと言ったら、日向くんはやさしい笑顔で頷いて、どこまでもいっしょに歩いてくれた。あたしたちはずっと笑っていた。十二月の寒空の下で、楽しいな、と何度も思った。

 午後二時半を回った頃、ようやく昼食をとることにした。
 園内にはあたたかい屋内で食事ができるレストランもあったけれど、あたしの希望で、ベンチでごはんを食べることになった。外で食べるほうがピクニックみたいで楽しいかな、と思ったのだ。
 日向くんが売店で買ってきてくれたサンドイッチとオレンジジュースを、陽射しが降り注ぐあたたかそうなベンチを選んで座って、並んで食べた。

「岡部さん、楽しいですか?」

 あたしの隣で、淡い色の茶髪が風にゆれている。ふれたらきっとやわらかいんだろうな、とつい想像した。

「うん、楽しいよ」
「そっか」

 よかった、と日向くんは目を細めた。すごく安心したような顔を見て、あたしは思わず口を開いた。

「……ありがとう」
「え?」
「今日、つれてきてくれて」

 日向くんは、高校生で、あたしより二つも年下で。でも、あたしなんかよりもずっと大人で、やさしい。
 わかっていた。今日ずっと、日向くんが何も聞かないでいてくれていること。だから、あたしは今日ちゃんと楽しい。ちゃんと笑えている。

「……食べ終わったら」

 少しだけ強い風が吹いた。そのときふわっと石鹸のような香りがした。前に日向くんがあたしにかけてくれたジャケットと同じ匂いだった。香水より軽くてやわらかい、やさしい日向くんの匂い。

「食べ終わったら、なにが見たいですか?」

 まっすぐ向けられる笑顔とやさしさは、心の奥をぎゅっと痛くして、でも心地よくて。きっと、あたしはそれに甘えている。そして日向くんは、それをわかっているのだと思う。

「……キリン」
「うん」
「キリンが見たいな」
「了解です」

 ――俺がつれていきます。

 ――岡部さんの見たいもの、ぜんぶ見よう。

 澄んだ青空みたいな声で、あたしにそう言ってくれた。あのときあたしはたしかに救われた思いだった。
 日向くん。日向くんはカッコ悪くなんかないよ。
 カッコ悪いのは、あたしだ。

 木漏れ日の中にいるキリンを見た。
 まつ毛が長くてやさしいまなざし。キリンはとても大きいのに、迫力よりも安心に似た気持ちで、あたしはその姿を見上げていた。
 ネッシーみたい、と、ふいに日向くんがものすごく感嘆したような声で言うので、思わず笑った。

「……なんだか日向くんに似てる」
「えっ、キリンに?」
「うん」
「ええ……」

 日向くんは実に微妙そうな横顔で、キリンを見上げた。
 キリンは姿勢よく、やさしい姿で木漏れ日に佇んでいた。

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