カーテンを開けてみると、空はきれいに晴れていた。毛布を体に巻きつけてミノムシみたいになりながら、窓越しに透明な冬の青空を見上げる。
「……なに着てこうかな」
そう呟いて、しかし今更ばかだと思った。
ふつう女の子は、服だとかそういうことは前日のうちに決めておくものだ。しかし、そもそも悩むほど手持ちがないのがあたしの現実である。所詮元ニートなので。
そんなあたしのことを話したら、幻滅するかな。彼があたしに向けてくれる春の陽ざしのようなやさしさは、なくなってしまうのかな……。
日向くんに、あたしはたくさん嘘をついている。
結局、いつもとさして変わらない格好になった。
最近大活躍中のダッフルコートを今日も今日とて着込み、あたしは駅へと向かっている。足元はコンバースのハイカットのスニーカー。実家を出たときからずっと履いているもので、履きすぎて元の色が変色している。
今日は、日向くんと動物園に行く。
バイト以外で、しかも朝から日向くんと会うのがなんだか不思議だった。
日向くんから電話をもらってまだ一週間も経っていない。今日は金曜日で、平日だ。お互いバイトのシフトが入っていない一番近い日にちがたまたま今日だったのだけど、「でも、日向くんは学校があるよね?」と訊けば、「その日から冬休みに入るから大丈夫です」と、日取りを決めていたおとといの(お客さんのいない暇な)バイト中に言われて決定したのだった。
(冬休みか……)
去年まであたしも高校生だったはずなのに、もうすでにその単語を懐かしいと感じてしまう。
時の流れはおそろしい。
待ち合わせ場所の駅前が近くなってきた頃、歩きながらケータイで時刻を確認してみると、約束の時間の五分前だった。アパートの最寄り駅だというのに、思ったより遅めの到着になってしまった。
駅前で、日向くんをすぐに見つけた。
遠目に見ても日向くんは目立つ気がする。背が高いし、姿勢のいい立ち姿はやっぱりモデルみたいだ。
日向くんはズボンのポケットに手を入れて、少しそわそわしたように周りを見回している。小走りに近づいていくと、目が合った。
「あっ。お、おはっ、おはようございます!」
「おはよう、日向くん。ごめんね、もしかしてけっこう待ってたのかな」
「いや全然! 全然です! ちょうど今来たところです!」
「そ、そうなの? ならよかったよ」
「……あ」
「ん?」
ふと、何かに気づいたような顔をした日向くんに小首を傾げると、おそろい、と彼は言った。
「コート、今日おそろいですね」
たしかに、今日の日向くんはノルディック柄のニットの上に、あたしのものと似たデザインのダッフルコートを着ていた。
「あ、ほんとだね。かぶったね」
「かぶりましたね」
はにかんだ笑顔にあたしも和やかに笑って返す。
それじゃあ行きましょうか、と言う日向くんに頷いて、あたしたちは並んで駅へと歩き出した。
券売機で切符を買おうとしたら、日向くんが「俺が払いますよ」と財布を出した。慌てて断ろうとしたのだけど、
「俺がつれてくって、言ったでしょ」
そんなふうに笑いかけられて、あたしはなにも言えなくなってしまった。
あたしより二つも年下なのに。その瞬間は、そんなことは忘れてしまうほど日向くんは大人びていた。
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