『あのときのニャンコ、かわいかったよな』

 西日が差している。
 ケータイを耳に当てながら、ぼんやりと腕時計に目を落とす。デジタルの15:45の文字が鈍く光っていた。

「兄貴、暇なの」

 電話口へ問えば、吹き出す声が返ってきた。なに笑ってんだか。

「こんな微妙な時間に電話してくんなって」
『いいじゃん、電話くらい。慧太くんは相変わらず冷たいなー。かわいいけども』
「……うざ」
『なんか言った?』
「べつに」

 出かける予定の時刻まで、まだ一時間ちょっとある。早めに出てどこかで適当に時間を潰そうかと考えていた矢先に、まるでタイミングを見計らったかのような着信。画面を確認する前から相手の予想はついていた。そして案の定、当たりだった。
 俺はケータイ片手に、部屋のなかを意味もなくうろつく。

「お兄さん、なんか用事っすか」
『なんだよ他人行儀だな。二週間も弟の声聞けなくて、お兄ちゃんさみしかったのにな〜』
「たった二週間じゃん……。てか、俺もうすぐ出かけんだけど」
『バイト?』
「……そう、バイト」
『うっそだ〜。慧太、今日はシフト入ってないでしょ?』

 なんで知ってんだよ、気持ち悪っ。
 電話口からは「いま気持ち悪いって思っただろ」と、なぜかこっちの反応を愉しんでいるふうな声が聞こえてくる。いや思ったよ、なんで人のシフト把握してんだよ、気持ち悪い。
 散々部屋をうろついた後、結局ソファの傍らに場所を落ち着ける。背もたれに寄りかかって、切っていい? と兄貴へ問えば、やだ、と即答。本格的に気持ち悪い。

『あーあ、慧太はクールだな。おまえガキんときからクールだったもんな。ま、俺からしたら二十一なんてまだガキだけども』
「三十路乙だわ」
『いやまだ二十九だから、来月までは』

 俺にとっては同じようなもんだ。二十九なんて四捨五入したら三十路だし。
 それにしても、と改めて兄貴の年齢を思う。連絡は(すべて向こうから一方的に)頻繁にとっているし、変わらない声を聞いているとつい忘れそうになる。

「兄貴、変わんないよな」
『えー?』
「うざいとことか」
『あはは、慧太も口が減らないところは変わらないね。かわいいよ』
「切るわ」
『なんでよ、褒めたのに』

 鳥肌立ったわ。
 話が一向に毒にも薬にもならない。けれど衝動的に切ってやるほどでもないし。
 それに、今まで兄貴が寄越してくる電話やメールにたいした用事があったこともないのだ。毎度のことである。

- 7 -

prev back next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -