十七歳って、不自由だな、と思う。
なにも考えずに、泣きわめくことができるような子どもでもいられないけれど、考えたって、すべてを自分で選択できるほど大人にもなりきれない。
友だちに、また身長が伸びたんじゃないかと言われた。身長はもういらないから、俺は、彼女に近づけるだけ大人になりたい。
「はあ? なんだそりゃ」
昼休み。窓の外は澄みわたる青空が広がっている。いつもなら、こんなに天気の良い日は外に出て、バスケなんかをして遊ぶのに。今の俺はとてもじゃないがそんな気分になれず、窓側の自分の席で机に突っ伏している。
しかし、教室の喧騒も、フィルターがかかっているようになんだか遠かった。
俺のすぐ傍で行われている会話も、同じく遠い。
「だからー、これからデートに誘おうってときに、知らない男が乱入。そんでそいつに彼女連れ去られちゃったんだって」
「なんだそのショージョマンガみてえな展開……。マジかよ、つうか誰なんだよそいつは」
「いやだから、遥も知らない男らしい」
「…………」
「そういうことで、遥お疲れ。ドンマイドンマイ」
「ハル……俺、放課後なんか奢ってやるよ。ミラノ風ドリアでいいか?」
前言撤回。フィルター突き破る勢いで、めちゃくちゃはっきりと聞こえていた。
俺はバッと顔を上げて、前の席を陣取る友だちふたりを睨みつけた。が、目の前にいるはずの彼らの姿が歪んでよく見えない。
あれ? 視界がうるんでる……。
「おい泣くなよ、ハル」
俺のことをハルと呼び、バシバシ肩を叩いてくる同じクラスの友だち――ヒロ。
ヒロは男気があってやさしいんだけど、体育会系なせいなのか、俺の肩を叩く腕力は完全に慰めるそれじゃない。控えめに言って痛い。
「ううっ、君たちに話すんじゃなかった……」
「だーから泣くなって! あれだ! ドリンクバーも奢ってやるから! な?」
「ヒロ、甘やかすなって。泣かせとけばいいじゃん。遥なんかイケメンだからって普段ちやほやされまくってんだし、いい挫折じゃん」
「美央。ちょっと黙ってろオメーは」
「うわああああ!」
「あーあー。美央おまえな、普段ちやほやされまくってるハルの最初の挫折が『初恋の女子にフラれる』って、ちょっとハードル高いだろうがよ」
「……ヒロのがひどくね?」
「あ? なにが」
「ヒロのばかー!」
「な、なんでだよ! つーか泣くなアホ!」
泣きわめきながら、俺は再び机に突っ伏した。が、勢いをつけすぎて、額を思いきりぶつける羽目になった。痛い。もう嫌だ。余計に悲しみが増してきて、本格的に涙が出てきた。
「あー……俺、なんか飲むもん買ってくるわ」
とヒロが言って、椅子から立ち上がる音が聞こえた。
「ハル、なにがいい?」
「……ミルクティー。できれば紅茶花伝……」
「俺はリプトンのストレートでよろしくー」
「オメーにはねーわ」
「ヒロってマジで遥に甘すぎ」
「ハル。まあ、なんつーか……」
んな落ち込むな、と、ヒロが拳で軽く俺の頭を叩いた。めずらしく加減されたやさしい手つきだった。でも、さっきから俺が完全にフラれたみたいになっているのが気になる。
「フラれてないし……」
まだ、とつぶやいた俺の声の覇気のなさといったら。
「岡部サン、カレシいたんだ?」
ガタン、と音が鳴る。ミーちゃんが、さっきまでヒロが陣取っていた俺の前の席に移動したのだとわかった。
もうひとりの友だち――ミーちゃんは、これまでの発言で顕著な通り、言い方がよくも悪くもはっきりしている。自覚があってオブラートに包まない感じがある。けど、そういう意味では俺の友だちの中では貴重な存在だ。向き合わなきゃいけないことに向き合わせてくれる気がする。……気がするだけだけど。
「……いないって言ってた」
心臓をえぐられるほどはっきりと向けられた質問に、俺は負けじと答えた。
「じゃあ元カレとか?」
「とかってなんだし……」
「ま、所詮他人じゃん。本人が言ったことだって、それホントにぜんぶ遥に都合いいことかどうかわかんないし。それに遥のことだし、たいして岡部サンについて情報得たわけじゃないんだろーし。遥ってさあ、イケメンの持ち腐れだよね。恋愛下手っつーか、なんつーか」
「…………」
ボロクソに言われて、なんにも言えなくなる。なんというか、もうちょっとオブラートに包んで言ってくれてもいいのでは……と思う。
とはいえ、実際反論の余地もない。
またしてもゆるんできた涙腺を遮るように、無理やり視界をシャットダウン。
けれど瞼を閉じても、真っ昼間の明るい教室では俺の視界を完全には暗くしてはくれない。昨日の光景も、脳裏から消えてくれない。
「……ミーちゃん」
「なに?」
「香水くさい」
「え、そう? 今日そんなつけてないんだけど」
未だに消えない。煙草が混じった香水の、苦いような甘いような、あの香りが――。
たった一瞬で、俺のすきな女の子をさらっていってしまった。その刹那にかすめた香りは、十七歳の俺なんかじゃ、きっとどうしたって同じものにはならない。
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