ファミレスのアルバイトは、面接に行ったその日に採用してもらえた。
「岡部さん、フロアとキッチン、どっちがいい?」
「キッチンがいいです」
「キッチン? 高校生なんだし、フロアのほうがいいんじゃない? 人手不足だからどちらでもありがたいけど……」
「大丈夫です。お皿洗い、家で毎日してます」
店長からの質問にそう答えたら、なぜかクスリと笑われた。
その後あたしは、希望通りキッチンの担当になった。主な仕事は掃除に皿洗い。アルバイトをはじめて一ヶ月が経った頃から、サラダや、デザートのアイスクリームやパフェの盛りつけもするようになった。
職場の人たちは、みんなあたしよりも年上だ。それもお母さんぐらい年齢が離れたパートの女の人ばかりなので、あたしはむりに会話に入らなくてもいいのだ、と気が楽だった。
同じ学校の子がいたらなんだか気まずいな、と実は働くまで恐々としていたのだけど、高校生のアルバイトはあたしを含めてふたりだけだという。一番年が近い通信制高校に通っているらしいその子は、フロア担当で、そもそもシフトがそんなに合わない。
学校からかなりの距離がある職場を選んでよかった、と思う。
放課後、アルバイトがある日はファミレスまで通うのは大変だけど、あたしはYUKIの歌をハミングしながら、雨の日も風の日もがんばって自転車のペダルを漕いだ。おかげで最近脚が強くなった気がする。
ある日、ゴミ捨てに行くと、宮田さんが店の裏で煙草を吸っていた。
宮田さんは同じアルバイトである。おじさんおばさんばかりの職場で、たぶん三番目ぐらいに年が近い。
パートのおばさんの話だと、彼はもう三年近くここに勤めているらしい。いわゆるベテランさんで、フロアもキッチンの仕事も日替わりでどちらもやるので、みんなからは頼りにされている。
ほぼ毎日シフトに入っていて、顔を合わせる機会は多いのに、あたしは宮田さんのことはまだなんとなく慣れないでいる。同僚という関係になっても、やっぱり雰囲気がちょっとこわいのだった。顎の無精髭が、アウトローな感じ。
「きみ、俺のこときらいでしょ」
突然、宮田さんがはっきりと声を発したので、ゴミ捨て場に袋をふたつ放ったあたしはびっくりして背後をふり向いた。
「きらいじゃないです」
と、咄嗟に答えた。
「でも、すきでもないでしょ」
宮田さんが、すかさずそう言った。あたしは黙る。おっしゃる通りなので。
宮田さんは壁にもたれながら、指で挟んだ煙草を口元へもっていく。血色の悪い荒れた手の甲越しに、にやりと歪む唇が見えた。
「わかるよ。気ぃ遣うよね、俺みたいなの。俺今年二十八なんだけどさ、アラサーでファミレスバイトってどうなのよって感じだよね」
意外とよくしゃべる。そして、自虐的。
「岡部さんちって、母子家庭? で、ひとりっ子?」
反応に困っていたら、ふいに話題が変わった。
あたしは目をまるくした。なんでわかるんだろう。履歴書を見たのだろうか。
「意外と、手際よくやってるから。皿洗いとか掃除とか。ふだん家でもやってるんじゃないの? ただのあてずっぽだけど」
「……」
よくわからん。
あたしが呆然と立ち尽くしている間に、宮田さんは煙草をポケット灰皿に押しつけて店に戻っていってしまった。
去り際、宮田さんのズボンのお尻のポケットから、ミュージックプレーヤーのイヤホンが飛び出ているのが見えた。なにを聴くのかな、と思ったけど、店に戻ったあとも、あたしは結局聞けなかった。
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