blue18 | ナノ


「これ」

 誤魔化すように、持っていたビニール袋を見せた。

「お見舞い」

 ガサ、とゆれたビニール袋を、いつもよりずっとぼうっとした目で来栖が見た。

「中身なに?」
「プリン」
「マジで?怜ちゃん買ってきてくれたの?」
「そうだよ、感謝して食いな」
「怜ちゃん」
「なに?」
「あいしてる」

 子どもみたいに笑って、愛してる、なんて言う。大丈夫かこいつ。

「ていうか、あんたはなんでこんなとこで寝てるわけ?自分の部屋で寝なよ」
「兄弟部屋なの、家」
「ああ、弟いるんだっけ。一緒の部屋なの?」
「そー」
「弟、部屋にいるの?さっきインターホン鳴らしても誰も出てこなかったけど」
「隣に預けてる」
「は?」
「うつしたらやだから」
「ならあんたは部屋行けばいいじゃん」
「いやー、部屋で寝たら風邪菌が部屋に染みつくような気がして……」
「そんなのここで寝たって同じじゃん」
「あはは、そっか」

 あははじゃねえよ。
 やっぱり熱があるのだな、と思った。いつもない掴みどころが今はもっとない。
 起きる気のないソファーの上の細い体。まったく、でかい子どもだ。ため息が出る。

「あんた薬のんだ?」
「うん」
「ほんとかよ」
「ほんとほんと」
「何かたべた?」
「さっき林檎食った」
「……ねえ」
「ん?」
「怖い夢って、どんなの?」
「顔のない人の夢」
「……なにそれ」
「あはは」
「あははじゃねえよ」

 全然わからない。目の前の男が何を考えているのか。わかりたくもないのに、私はそんなことを考えている。ああ、だからきっとこんなに苛立つのだ。
 ねえ、何がそんなに可笑しいの。あんたは何に笑っているの。

 いつもより口数の少ない来栖と二人でいるこの部屋は、とても静かだ。窓を閉めたのに、外の音だけがよく聞こえる。鳥のさえずり。小さな子どものはしゃぐような声。飛行機が飛んでいく音。電車が走るかすかな振動。音の中でこの空間だけがぽっかりと浮かび上がるように、静かだった。

「……怜ちゃん」

 どれくらい沈黙していたかわからない。ふと、私を呼んだ声に目を落とした。
 ソファの上で仰向けになって、起きる気のまるでない、細い体。細い腕が、顔を隠すようにして額にのせられていた。

「怜ちゃん、俺ね、」

 人の心が、みえる。きこえる。

 ずっとだ。いつからかとかそういうのも忘れるくらい、ずっとなんだ。
 何でかな。

 笑ってもいいよ。


 笑ってもいいよ、と来栖は最後に言った。
 ささやくような声は、一つも笑っていなかった。

「怜ちゃん」

 腕がわずかにずらされて、目が合った。来栖の目は泣いてなかったし、怒ってもないし、悲しんでもなかった。
 ただ、そう感じただけだけだけど。

「来てくれて、ありがとう」

 ブラウンの目が、私を見て小さく笑った。


prev next

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -