パパはよく私のことを『お姫様』と呼んだ。

「僕の可愛いお姫様、ご機嫌はいかがかな?」
「パパも元気?」
「パパは今日もお姫様のお顔を見られて幸せいっぱい、元気モリモリだよ〜」
「ひめも元気!お兄ちゃんも元気!」
「ひめ、うるさい」

そしてお兄ちゃんのことは『王子様』と呼んだ。

「ん?僕の王子様は一体どうしちゃったのかな?具合でも悪い?」
「頭、痛い」
「そうか……。おいで、お薬を飲んで少し眠りなさい」
「うん」
「パパ、お兄ちゃん病気なの?」
「大丈夫だよ」
「ひめもいっしょに寝ていい……?」

パパは少し困ったように、それでも優しい笑顔で私を抱き上げてくれた。そして私とお兄ちゃんを両手に納めて、私達の頭をずっと撫でながら一緒に寝てくれたのを覚えている。
私は、いつもどんな時も優しいパパが大好きだった。私やお兄ちゃんを大事にしているパパが大好きで、子供心に愛されていると感じていた。


パパはずーっと家にいた。それが、パパは体が弱くて在宅の仕事以外は些か難しいという事実によるものだったと知るのはもっと後。今も昔も、仕事に出かけて行ったのはママだった。ママは毎日忙しそうにしていた。パパの分も外で働いているみたいだった。元来、あまりパパのように素直に感情表現の出来る人ではなかったから、私もお兄ちゃんも小さい頃にママに遊んでもらった記憶は少ない。それでもママもパパに負けないくらい充分に愛を注いでくれていた。
仕事が早く終わればご飯を作って一緒にお風呂に入って眠ってくれたし、休日はなるべく家族で出かけた。
本当に幸せな家族だと思う。勿論、パパとママは此方が妬けるくらい愛しあっていたし、パパもママには逆らえないようだったけれど、それでも二人の間には確固とした私達に向けるものとはまた少し違う愛で繋がれていた。ママはパパのことを誰よりも一番心配していた。偶にパパが体調を崩してしまうと、ママは何よりパパを優先した。
持ちつ持たれつつ。私達がお姫様と王子様なら、パパとママは確かに王様と王女様だった。
パパは決して王様のように命令したりしない。出来ないのかもしれないけれど、それはそれ。私達子供としてはパパとママが幸せに暮らすことが第一だから。
我が家の姫は12時の鐘が鳴っても逃げなくてもいいし、王子は蛙に変えられたりなどせず、女王は鏡を必要としないで、王様は命令を出さない。
魔女なんて、ここには不必要。どんな物語よりハッピーエンドは、家にある。



企画「海月の骨」様提出&感謝

(20100910)

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