小説(刀剣) | ナノ
3.同田貫正国の誓い



俺がここに来たのはいつだっけかな。
はっきりした日にちは覚えちゃねえが、まだほとんどの刀がいなかった頃の話だ。

俺を呼んだ声は静かな響きだったが、確かな闘志が漲っていた。他の御物だとか言われてる奴らと違って俺は実戦刀だからな。魂の質やら霊力やらより、なによりもその戦う意思に惹かれたんだ。
ま、目を開けた瞬間は鶴のじいさんじゃねえが、驚いたがな。
澄み切った魂と静かな声、それとは正反対の苛烈な闘志、そしてその全ての印象を吹っ飛ばす意味のわからねえ仮面。顔をまるまる覆い隠し、目と口だけで笑いを表した顔は不気味の一言に尽きる。
現世に呼ばれて最初に目にするのがあんな不気味な顔だなんて、誰も想像しねえだろ?
顕現させたばかりの短刀に怖がられたりすんのもアレのせいだし、警戒心の強い奴とか名将だなんだの手にあった奴らと要らん距離が出来るのも大体アレのせいだ。俺は見栄えなんざどうでもいいから驚きはしても、すぐにどうでもよくなったけどな。

とは言え、今じゃその不気味でチグハグな印象もほとんど薄れてきている。

俺が初めの印象を覆されたのは、顕現された翌日の朝のことだった。

顕現されたその日は出陣を何回かして終わった。まだ第一部隊も全員揃わないほど数がいなかったからとにかく練度を上げるのと戦場でどんどん新入りを迎え入れるためにひたすら出陣を繰り返した。そのおかげで一日しか経っていないにも関わらず、その日顕現したばかりの俺と鶴のじいさんは一気に練度を上げることが出来た。とはいえ、先に顕現していた陸奥守や薬研の方がまだ上だ。当然だけど。

それでもなによりも強く在りたいというのが俺の刀としての矜持だ。

朝、誰よりも早く目を覚まし、俺は道場に向かっていた。強くなるために鍛錬は欠かせないからな。

しかし、そこには予期せぬ先客がいた。

俺は一瞬、そいつが誰なのかわからなかった。見たことのない奴。頭の後ろで一本に括った長い黒髪、柳眉の下の長い睫毛に縁取られた瞳は大きく黒く、対称的に唇は赤い。刀剣ではないと即座に判断出来たのは、そいつの胸がはっきりと膨らんでいるのがわかったからだ。
ならば答えはただひとつ。

そいつは緩やかに腰に佩いた脇差を抜き、横に滑らせた。窓から差し込んだ朝陽が刀身に反射して煌めく。次は縦に一閃。一回転してから流れるように袈裟斬り。最後に逆手に持ち直してから足を踏み出して一突き。そして刀は鞘に収められた。その一連の流れは終始ゆったりとした動きだったが、まるで舞いでも見せられた気分。魅入るっつうのはこういうことか、と納得させられた。

その舞手が足を揃えて姿勢を正したところで、俺は僅かに開いていた扉を開けて中に入った。

そいつ──審神者は特に驚いた様子はなく、こちらを振り返る。

「……同田貫正国」

審神者の口から出た名は俺の聴覚を刺激して、身を震わせるに相応しい響きを持っていた。俺はこのとき初めて知った。
これは、歓喜だ。
実戦刀として使われてきた魂が、どうしようもなく震えている。


「アンタはどうして戦うんだ」

無意識のうちに口走った言葉だった。
だが、疑問に思っていたことでもある。

人とは違い、長い長い時をずっと刀として見つめ続きてきた。俺は実戦刀だが、実際使われてた期間はそれこそ俺がこの世に存在している時間から比べれば極僅かだ。もうこの国で戦がなくなり、刀を必要としない時代がきて久しい。そんな時代では戦とは無縁の生活をしてきた人間が大半だ。にも関わらず、この年若い審神者は弓を射、剣を振るうのに戸惑いがねえ。戸惑いがねえだけならまだしも、その強さも刀剣である俺達を凌ぎ、戦況の見極めから指示を出す速さまで無駄がない。どう考えてもこいつは戦の中で生きてきた人間だ。
女でありながらどうしてその身を戦の中に置くことにしたのか、知りたいと思ったのかもしれない。

審神者は微かに目を伏せ、口を開いた。

「……守るべきものがあるからです」
「それは、アンタが命を賭けるほどのものなのか」

朝陽に照らされた横顔は白く、今まで見た人間の誰よりも綺麗だった。それと同じぐらい魂は清らかで、穢れがない。

「はい。この命、尽き果てようとも」

正面から射抜いてくる強い瞳に、俺は悟らされた。
戦場にいながらこんなにも清らかなままでいられるのは、コイツが只管に真っ直ぐだからだ、と。

「そうか。それなら俺は」

ス、と膝をつき、本体である刀を前に突き出す。

「最後まで、アンタの刀であり続けると誓う」

この身折れるそのときまで───





「正国、いきますよ!」
「おう!」

審神者が敵の懐に一撃を浴びせた直後、首に一太刀浴びせてやった。二刀開眼ってやつだ。

「主君!お見事です!」
「こりゃあ驚きだな。相手もなかなかの強敵だったってのに」
「ほんによおやったのう!」

共に出陣していた前田と鶴のじいさんと陸奥守が明るい声を出した。
さっきのは検非違使とかいう、普段出てくる敵より速くて固い奴らだった。特に最後に倒したのはなかなか装甲を剥がせずに長期戦になるかと思ったんだが、審神者が一瞬の隙をついてそこに俺が便乗した形だ。呼び掛けられて身体が動いたのはほとんど反射に近い。

これでここらの敵は狩り尽くしたから審神者は本丸に戻るべく、端末を操作し始めた。これはちいっとばかし時間が掛かる。手持ち無沙汰になったところに寄ってきたのは薬研と鶴のじいさんだった。

「まったく、羨ましいもんだ」
「は?」
「二刀開眼、まさかお前が最初に出すとはなぁ」
「こういうときは旦那と同じ打刀になりたかったと思うぜ」

陸奥守と前田に挟まれて端末を操作しながら柔らかい声で何かを話している審神者を見る。こうして考えると、いつの間にやらアイツを慕う奴が増えてきているらしい。

「ふん。どうでもいいだろ」
「釣れないなぁ」
「俺たちは敵をぶった斬ってなんぼだろうが」

アイツの前の敵も後ろの敵も、全部叩っ斬るのが俺の役目だ。それ以外考える必要なんざねえ。

「皆さん、ゲートが繋がりました。行きましょう」

審神者の呼び掛けで順にゲートを潜っていく。俺が最後にそこを通り、慣れた土の地面を踏むと、隣には審神者が立っていた。

「正国、身体は大丈夫ですか?」
「こんなんじゃ擦り傷にもなんねえさ。心配すんな」

相変わらずその顔を覆う白い仮面を見ずに言葉を返した。今回の出陣で全員が手創を負わされたが、そん中でも俺が一番負傷させられていた。まぁ軽傷にも満たないもんなんだがな。

「それなら良かった。でもまずは手入れ部屋へ行きましょう」
「へいへい」

俺は大人しく従い、さっさと本体の刀を預けた。

「そんなに心配しなくても、唾つけときゃ治るっつの」
「ふふ。それでも手入れはします。まだまだやることはたくさんありますから、貴方に折れてもらっては困るのですよ」
「言われなくてもわかってるよ、──主」


最後まで、と誓ったからな。

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