小説(刀剣) | ナノ
13.目醒め



「……ここ、は…………きみが、僕を呼んだのかい…?」
「はい。応えてくださり、ありがとうございます」

くらりと揺れそうになる頭を気力だけで抑え込み、目の前に現れた彼に一礼した。資材も札も使わずに、顕現できるまでに刀を修復したのだ。先刻張った結界以上に消耗が激しいのも仕方がない。
ぐ、と拳を握り、真っ直ぐに歌仙兼定を見つめた。

「貴方に、聞きたいことがあります」
「…聞きたいこと?」

こくり、と頷いた審神者を見て、歌仙は正面に座した。その一連の仕草は洗練され、背筋を伸ばして真っ直ぐに見詰める瞳に濁りは一切見られない。

「貴方には……辛い、現実を突き付けることになると思います。それでも、答えてくれますか」
「ああ。僕も、君には聞きたいことがある」


そうして、審神者は歌仙に問うたのだった。

一体この本丸で何があったのかを──





ああ、君の言う通り、ここは僕の本丸で間違いない。この部屋自体は使っていなかったけれどね。ついこの前、新しい刀を迎えることになったときのためにと、主と共に掃除したばかりなんだ。

すまない。話が逸れたね。

そう、最近の主は確かによく箱で遊ぶことに夢中になっていた。けれど決して職務を放棄してまでのめり込んでいたわけではなし、特に本丸内で異を唱えた者などいなかったよ。

そうだよ。本丸の門の前に置いてあった。見付けたのは……誰だったかな。短刀の誰か、ええと、五虎退か秋田か、いや、前田だったような気も……こんのすけ?いや、こんのすけではないと思う……けれどはっきりとは言いきれないな。すまない、記憶が定かではなくて。

遠征に行ったのは……というか、その前に今日は何日なんだい?え?そんなまさか……。
では、僕達は5日も眠っていたのか……。

遠征に行った後の話、か……。
ああ、遠征自体は何事もなく終わったよ。顕現したばかりの鶯丸の初めての遠征だったからね、元々すぐ戻る予定だったんだ。一刻程で戻ったよ。
だが、戻ったら何故か本丸に入れなかったんだ。中から門を閉ざして、ね。その上、本丸の周りには怖気が走るほど澱んだ気が漂っていた。屍を集めて血と穢れをどれほど溜め込んだのだろうと思うほど酷い気配だったよ。
一体何故そんな気に覆われてしまったのか、僕にはわからない。しかし、確実に主は本丸の中にいると思った。主は演練以外で本丸から出たことはないんだ。演練には必ず僕が同行していたから、僕無しで、それも何の相談もなく演練に行く可能性は考えられない。
だから僕達は力づくで門を開けようと試みた。最初は手で押して、体当たりして……。
終いには刀でひたすら斬り続けたよ。けれど門には傷はついても壊すことは出来なかった。

それでも僕達に出来るのはどうにか門をこじ開けようと足掻く以外に方法がなかった。ずっと大声で呼び続けても何の返答もない。嫌な予感は止まらなかった。その予感を振り払いたくて必死に……そうさ。どれほど体が傷つこうが構わずに、ね。

最初に顕現が解けたのは鶯丸だった。彼は顕現したばかりで練度が低かったから。そのすぐあとに厚も、燭台切も……。その後の記憶はないけれど、きっと君が拾ってくれたのだろう? そうか、傷まで……すまない。遅くなったが、礼を言わせて欲しい。ありがとう。

ここが本丸の中だと言うのなら……理由はきっと君だろう。審神者の力によって門が開かれた。それ以外に理由はない。
でもここには全く嫌な気が感じられないね。……なるほど、結界か。君は優秀な審神者なんだね。

僕達の主は……ああ、いい。顔を見れば言わずともわかるよ。主の気もほとんど感じられないのがその証拠だ……。

え?主を、助ける?
一体何を言っているんだ。だって主はもう……。





「私の話を聴いてくれますか」

見つめ合ったのは一拍程の間。歌仙は仮面の奥の瞳を見つめ、こくりと頷いた。

「……ああ。例えどんなに無慈悲な現実でも、僕は初期刀だ。聞かなければならない義務がある」


そして審神者は歌仙兼定に順を追って説明した。出陣中に雨に降られ森に入ったこと、謎の影に遭遇したこと、休む場所を探していたら傷ついた刀と閉ざされた本丸を見付けたこと、本丸に入ったはいいが結界を張られて外に出られなくなったこと、屋敷内を探索していたら謎の影と少女に鉢合わせたこと。

「貴方には酷なことですが……あの少女は貴方達の主で間違いないと思います」
「……」
「死して尚、肉体から解放されず、本丸内を彷徨っている理由は彼女の身体に呪が刻まれているから。彼女は今もずっと呪に抗い続けているのではないでしょうか」
「……何故、そう思うんだい」
「記憶を見たからです」
「……記憶…?」
「はい。貴方達と話をしているときの記憶です」

傍らには箱が確かにあったが。それでも見せられた記憶の中に恨みや怒りなどといった負の感情は欠片もなかった。

「私達が貴方達を連れてきたから、彼女は私に記憶を見せたんだと思います」
「……」
「辛くて苦しくて、でもそれ以上に貴方達が心配でならなかった。傷だらけであることを知っていたから」
「……は、」

審神者の言葉に歌仙の眉はどんどん寄っていき、とうとう彼は片手で目元を覆った。しかし、審神者は容赦なく続けた。

「楽しかった記憶ばかりだったのは、本当に貴方達が好きだったから、大切だったから。初期刀の貴方なら、私よりもわかるはずです」
「………ああ。…………まったく、僕の主は……」
「貴方達のことは貴方達にしかわかりませんが……あれだけ想われていたのだから貴方達も主を想っていたはずです」

そうであってほしい、という願いも込めて、審神者は歌仙を見詰めていた。歌仙は緩慢な動作で顔から手をどかし、居ずまいを正した。

「……当たり前だよ。作法も古典も何も知らない主だとしても、僕にとってはかけがえのない主だ」
「ならば、力を貸してください。あの子の苦しみをもう終わりにしてあげたいのです」
「終わらせるって、一体どうやって…?」
「なにか策があるのか?」

歌仙に続いて鶴丸が首を傾げて問うた。他の面々も同じように疑問符を浮かべている。審神者は迷わずに畳の上に置かれた三振りの刀に手を翳した。


「燭台切光忠、厚藤四郎、鶯丸。彼等も呼び起こします」

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