玄関の方からこんにちは、と声が聞こえる。俺は机に向かっていた体がそわそわと落ち着きを失くすのを感じて、シャーペンを握りなおした。
「あきらくん、入ってもいい?」
控えめなノックの後に、ドア越しの声。
浮ついている心の中を悟られたくないがために、意識して抑揚なく返事をする。
「こんにちは、今日もお願いします」
「こんにちは」
「あれ、今日は女の子じゃないんだ」
「ウィッグ暑いから」
「ふふ、そっか」
あれから、俺は女装をする回数が減った。
先生にばれたからいいや、とかそういうことじゃなくて。なんていうかその…彼女に男として意識してもらいたいという馬鹿げてる理由から。
勿論趣味である以上、回数が減っただけで完全にやめたわけではない。
でも先生の前では、せめて好きな人の前だけは、格好良くいたいんだ。…先生は高校生のガキの些細な変化なんて、きっと気づかないだろうけど。
「それにしても暑いね…ここまで来るだけでも少し汗ばんじゃうくらい」
「…」
めっきり暑くなってきたせいか、先生は最近露出の多い服を着るようになった。…いや、露出が多いは語弊があるか。
単に夏らしい薄着をしているだけなんだ。
でも俺は仮にも先生のことが好きなわけであって、しかもこんな密室なんていうおいしいシチュエーションでそんな風に白い肌を見せられたら…
あの日のエロい彼女の姿を思い出しそうになって、小さく太ももを抓った。駄目だ駄目だ。次あんなことしたら、俺は完全に嫌われる。
「…先生、この間の課題全部終わったよ」
煩悩を振り払うようにワークを取り出す。先生は嬉しそうににこにこ笑った。
「本当?あきらくん、問題解くスピード上がったんじゃない?」
「先生の教え方がうまいから」
「えー、嬉しいな」
「あ、でも何問か分かんないとこあった」
「そっか。じゃあ今日はそこから解説するね」
どこのページ?と机の上のワークを覗き込む。
…た、谷間が。谷間が見えてます先生。そしてブラも見えてます。うっすらと汗をかいた肌がたまらなくエロいです。
俺は息を飲んで視線を外そうとする。が、縫いとめられたかのように意思に反して動かない目。…もう無理!
「…せんせい」
「ん?」
「ごめ、俺ちょっと、トイレ行ってくる」
「え?…あ」
情けなくも涙目になってしまった俺。先生は何かに気が付いたかのように俺のそこに視線を落とし、それから頬を紅色に染めた。
「な、何にもしないからだから嫌いになんないで!生理現象なんだから仕方ないんだし!」
「わ、分かってる…」
「先生が胸見せつけてくるから悪いんだよ!?」
「み…見せつけてないからね!?」
「そんな可愛いピンクのレースを見せられて平気な高校生なんていない!」
「何で私の今日の下着知ってるの!?」
「あーもう、俺の部屋ではこれ着てて!」
ベッドの上に置かれたパーカーを乱暴に彼女に着せる。ファスナーはしっかり上まで。よし、これでいい。
「暑いよあきらくん…」
「俺に襲われるのよりマシでしょ」
「…ごめんね?」
「いーよ別に…」
俺が煩悩にまみれているだけなんだし…。少し落ち着くまでトイレにこもっていよう。
「ま、待って」
部屋を出て行こうとする腕を、突然先生が掴んだ。
「?」
「あの、あきらくん、その…」
「うん?」
「…ぬ、抜くの?」
「は!?」
「だって男の人はそうしなきゃ治まんないんでしょう?」
「いや、別にそういうわけじゃ…」
「私、何かしたほうがいい?」
「は!?」
本日二度目の大きな声が出てしまった。何を言っているんだ先生は。そりゃ何かしてほしいかっていわれたらしてほしいけど、でも、
「…何もしなくていいよ…多分その後自責心で死にそうになるから」
「だって、私のせいだし…」
「先生が俺のこと好きになってくれたときに、とっといてそういうのは」
お情けで自慰を手伝ってもらうとかそういうのは、いくら俺が性欲満タンの高校男子だとしてもごめんだ。
何気なくそう返事をすれば、先生は分かったと頷いた。
…ん?頷いた?
「それ俺のこと好きになってくれるってことだよね!?」
「あ」
「ほ、ほんとに!?」
「いや今のは言葉のアヤで…」
「先生、俺待ってるから!」
「ちょ、あきらくん聞いて!?」
先生、先生。俺先生のこと大好き!
煩悩16:49
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