「こ…んのくそ男!」
「えっ、急になに…いったぁぁ!」
突然彼女に殴られた。バチンと小気味いい音が響いて、ひりひり痛む頬。
え、待って俺何もしてないよね。HRが終わったから、いつものように一緒に帰ろうと思って教室まで迎えに来ただけだよね。
「あんたなんか、あんたなんかもう知るかっ」
周りの生徒が何事だと言いたげな表情でこちらを見ているのが分かる。しかしそんなことには構っていられない。
「ちょ、仁美!仁美ってば!」
鞄を持ってさっさと出て行ってしまう彼女を慌てて追いかけ、その腕を掴んだ。
「触んないでよ!」
「訳分かんないんだって、俺なんかした?」
「訳分かんない…?なんかした…?本気で言ってるわけ?」
あ。
ぼろり、と仁美の目から涙が零れる。いつも気丈な彼女が泣くなんて初めてのことだ。ぎょっと驚いて思わず掴んだ手を離してしまった。
…な、泣かせたのか?俺が?俺のせい?
「ひ、ひとみさん…?」
「…れて」
「え?」
「別れて」
「なんで!?やだ!絶対嫌だ!」
いやいやいや。いろいろぶっ飛ばしすぎでしょ!
まずどうしてそんなに怒ってるのかとか、どうして泣くのかとか、どうして俺のことをぶっ叩いたのかとか、そういうの全部説明してよ。説明されても別れる気なんてないけど。
仁美はぐすぐすと涙を拭いながら、鼻にかかったような声で呟いた。
「昨日」
「昨日?」
「昨日の昼休み、どこで何してたの」
「何って、…あ」
思い出した。昨日の昼休みと言えば、
「ほら!っもぉ最悪!!」
「いたっ、痛いって」
脛のあたりを蹴られて悶絶する。なんて暴力的な彼女だ。…まぁ、確かに今回ばかりは俺が悪いところもあるから何とも言えない。
昨日の昼休みといえば――ある後輩に呼び出され、告白を受けていた時間だ。
勿論考えるまでもなく俺はその告白を断ったわけであるが、大人しそうな子だと思って油断していたのが間違いだった。
「あんたと一年の女子が、キスしてるの見たって人がいるんだからね!」
「あれは事故だって事故!告白断ったらあっちが勝手にしてきたんだよ!」
「そんな言い訳が通用すると思ってんの!?本当ありえない!別れる!」
「やだ!仁美と別れるくらいなら死んでやる!」
「じゃあ死ねば!?」
「やだ!」
「ちょっ、離してよ!」
無理矢理仁美の体を腕の中に閉じ込める。じたばたと暴れられたが、所詮は女の子。男の俺の力に敵うはずもない。
「本当に、俺からしたわけじゃないから!」
「でもキスしたのは事実なんでしょ」
「それは…ごめん」
「っ、もぉ、本当、やだぁ…」
本格的に泣きだした仁美に胸を何度も何度も叩かれる。
「なんでキスなんかすんのよぉ…なんで他の女に告白なんかされてんのよぉ、ばかっ」
そんな風に責められて、俺はこんな状況ながら不覚にもきゅんとしてしまった。…なんでこんな可愛いのこの人。
「ごめんね。でも俺にとっては本気で忘れちゃうくらいどうでもいいことだったんだよ」
「どうでもいいわけないでしょうが…っ!」
「仁美以外の女の子とのキスなんて、どうでもいいよ」
だって俺が好きなのは仁美だけだし。
ひぐひぐと喉を鳴らす彼女の髪を優しく撫でる。しばらく黙ってそれを続けていると、ようやく落ち着いた声が返ってきた。
「…今度したら許さないから。次は別れる」
「うん」
誰に告白されようと、誰とキスしようと、心を動かされることなんてきっと絶対にない。俺はこんなに仁美のことが好きなのに。仁美以外見ていないのに。
「仁美」
「やだっ、他の女としたあんたとなんか、キスしたくないっ」
「えー…」
じゃあどうすればいいの。小さくうなだれた俺に、仁美は「エタノールで100回消毒して」となんとも酷な言葉を吐いた。
…それ、俺の唇がっさがさになりそう。
(20140701〜20140810 拍手お礼文)
オーマイガール
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