初めて失恋したのは、小学生のときだっただろうか。

私が小学生のとき彼はすでに高校生だったわけだから、彼女の一人や二人くらいいて当然なのだけど、実際にその光景を目の当たりにした瞬間の胸の痛みたるや、そりゃあもう凄まじかった。

彼に一番近いのは自分だと思っていた。彼の全てを知ったつもりでいた。

だけどそれは大きな間違いで、知らない女の人の前で笑う彼は「私の知っているお兄ちゃん」ではなかった。彼と彼女は紛れもなく恋人同士だったのだ。

それから何度同じ思いをしたかは分からない。

こちらがどんなに背伸びして大人になろうとしても、それと同じだけ彼も大人になっていく。

「なっちゃーん、ビールもう一本持ってきてー」

ただ、年を重ねるうちに理解したのは、「かっこいいお兄ちゃん」が実は「駄目な男」だったということだけだ。

「…」

それでも好きなのを止められないのだから、私自身も「駄目な女」なのだと思う。

「ちょっとぉ、そんな怖い顔すんなよ〜。仕事頑張ってきたおじさんはな、晩酌が何よりもの癒しなんだって」
「うるさい声でかいこの酔っ払い」
「そんな酔っ払いが好きなくせに」
「うっさい!!!」

ガン、と持ってきたビール缶をテーブルに叩き付けるようにして置く。

この人がデリカシーなんてものを持ち合わせていないことは重々理解しているつもりだ。そして自分のこの素直でない性格も。

だけど時々思う。

もう少し、もう少しでいいからこう…それらしい雰囲気になったりしないかな。

頭の中に浮かんでは消えるばかりで、当然口に出して言えるわけもない願望である。

「何怒ってんの?女の子の日?」
「次そういうこと言ったら首絞める」
「冷たいなぁ、恋人に向かって」

恋人。

聞き慣れない単語に戸惑う心。

確かに私は彼にずっと何年間も不毛な恋をしていたわけで、そしてついこの間彼も私のことを好きだと(ちゃんとした言葉で言われてはいないが)いうことが発覚したわけで、つまりそこには俗に言う両思いというものが成立しているわけで。

「…」

いや、分かってる。分かってるんだけど、物凄くむず痒い気持ちになるのは私だけなのだろうか。

恋人って!私と恒ちゃんが恋人って!似合わないにも程がある!

「なぁになっちゃん、照れてるの」

そんな一連の葛藤を見抜いたらしく、彼はにやにやと下卑た笑いを浮かべたまま私の頭を撫でた。

普段苛々するくらい鈍感なのに、こんなときばかり目敏いのだから性質が悪い。

「なっちゃんは可愛いな」
「…子ども扱いしないで」
「してないよ」

ふに、と彼の指が私の唇に触れる。突然の展開に体温が急上昇するのが分かった。

「ちょっ、なにして…」
「いつの間にこんな女の子の顔するようになったの?」

…お、お、女の子の顔って、なんだ。

「お兄ちゃんお兄ちゃん、って俺の後追っかけてきたなっちゃんはどこに行ったんだろうね」
「ま、また酔ってんでしょこの酔っぱら…」
「言っとくけどビール一缶で酔えるほど下戸じゃないよ俺」

唇を行ったり来たりしていた指が、顎にかかる。少し上向きになった視界の中で、恒ちゃんは見慣れた笑顔を浮かべていた。

――恋人っぽいことがしたい。だけどいざその状況に追い込まれると、どうしても意地が邪魔をする。

「那月」
「…こんなときだけ、名前で呼ばないでよ」

だからどうか、逃げ道を塞いで、何もかもを奪って欲しい。

「大人扱い、してあげようか?」

駄目な男は、時々かっこいい男になる。

今昔


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