自分の思いに気がついたのは、いつだっただろうか。

誰かを好きになると、一日中その人のことを考えて、苦しくなるとか。傍にいると嬉しくて、でも同時にすごく切ない。なんてことをどこかの歌で聞いたことがあるけれど。

まさか自分がそれを経験するとは思わなかった。

学校の友人とか、先輩とか、そういう相手ならまだマシだ。なのに何故私は、わざわざこんな男に恋心なんてものを自覚しなければならなかったのか。

いつもへらへらしてるし、デリカシーないし、女心なんか説明するだけ無駄。そんな年上の幼馴染み。

幼馴染みという関係はなかなか難しいもので、少女漫画の中ならばきっとイケメンで優しい好青年を相手に、素敵な恋が生まれるのだろう。

しかし現実にはイケメンで優しい好青年の姿など、どこにもないのだ。

素敵な恋など、夢のまた夢なのだ。

「…恒ちゃん?」

家の前に座り込んでいる幼馴染みの姿を見つけ歩み寄る。もう一度名前を呼んでみると、突然抱きつぶされた。

「那月〜なっちゃん〜」
「ちょ…うわ酒くさっ」

この男…酔っぱらってやがる。ちょっとだけときめいた私の乙女心を返してほしい。

「うはは、鍵忘れちったー。家ん中入れねーの」
「おじさんとおばさんは?」
「んーいまいない」
「何やってんの…っていうかキモい!ヒゲキモい!擦り付けんのやめてよ馬鹿!」
「なっちゃんあったかー」
「馬鹿!キモい!ほら立って!」

暗闇でも分かるほど真っ赤な顔をしている彼を無理やり立たせ、ずりずりと引きずっていく。仕方ない。放置しているわけにもいかないし、ひとまずうちに連れて行くことにしよう。

まぁ連れて行くって言っても、隣なんだけど。

「なっちゃん」
「うるさい。もう夜中なんだから静かにして」
「なっちゃん、なんでこんな遅いの」
「レポート書いてた」

鍵をポケットから出して玄関を開けた。さすがに両親は眠っているようで、家の中はすでに電気が消えている。

転ばないように気をつけながら、手探りで電灯のスイッチをつける。

「恒ちゃん、ちゃんと自分で歩いてよ」
「んん」
「水持ってくるから。そこのソファに座って」

半ば投げ捨てるように彼をソファに置いて、コップに水を汲んだ。

「水」
「ありがとー」
「うわっ、零してる零してる!」

素直にコップを受け取ったのは良いが、うまく飲めないらしくぼたぼたと水が零れていった。首筋を伝ったその水が、シャツ、スーツと染みをつくっていく。

「もー…何やってんのほんと…」

鞄からハンカチを出してそれを拭っていると、恒ちゃんはごめんごめんと全く悪びれた様子のない顔で笑った。腹立つ。

「なっちゃん」
「なに」
「ここも」
「…」

しゅる、と彼の指がネクタイを緩める。露わになる濡れた喉と鎖骨に、思わず息を呑んだ。予想以上に距離が近くなっていたことに気がついて、慌てて身を離す。

「じ、自分で拭いてよ」
「いたっ」

…どうして私はこんなことで照れているんだ。ばしんとハンカチを投げつけ、視線を逸らす。

もうやだ。何なのこのだらしがない人。駄目男。ヒゲ剃れよ。酒臭いし。キモい。こんな大人だけにはなりたくない。どうせ同じ幼馴染みならイケメンな好青年が良かったのに。

なのにどうしたって嫌いになれない。どうしたって心を動かされてしまう。それがどうしようもなく悔しい。

「なっちゃん、怒ってんの?」
「怒るよ!いっつもいっつも酔っぱらってへらへらして!いい年なんだからちゃんとしてよね!」
「おれだって怒ってるよ」

は、と怪訝な声が出た。

「なんで恒ちゃんが怒るの」
「なっちゃんが夜ひとりで出歩いてたから」
「そんなのしょっちゅうだし」
「なら、もっと怒る」
「子どもじゃないんだから、そんなこといちいち言われたくない」
「ちがうよ」

お酒のせいか、少し潤んだ瞳がこちらをまっすぐに見据える。

「子どもじゃなくて、女だから言ってるんだよ」
「な、にを…」
「なっちゃんは女の子だ」

何言ってるのこの人。酔っぱらって頭がおかしくなったんじゃないのか。

さら、と彼の指が私の髪を一房掴んだ。

「少なくとも、おれにとってはね」
「…それって」
「那月」

ずるい。こんなときだけ名前を呼ぶなんて。

ドクドクと脈打つ心臓。逃げ出したくなる気持ちを必死で抑える。ちゃんと聞きたいのに、聞くのが怖い。

恒ちゃん、それって、どういうこと。

「なっちゃんの気持ち、おれが気付いてないと思った?」
「えっ」
「ねぇ、なっちゃん。キスしようか」
「す…」

するわけないでしょう、と拒否する間もなく唇を塞がれた。

「こ、このよっぱらい…!」

何してんの何してんの何してんの。馬鹿じゃないの。こんなむちゃくちゃな展開、あってたまるもんか。

酒臭いわヒゲがあたって気持ち悪いわ、最悪なキスじゃないか。人の恋心をなんだと思ってるんだこいつは。

唇を拭いながら睨み付けると、恒ちゃんはへらりといつものようにだらしない笑みを見せた。

「酔った勢いじゃないと、こんな恥ずかしいこと言えるか」





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