06
そんな風に向こうから手を伸ばしてくることは初めてで、こんな状況にも関わらず少し息を詰める。
でも、同時に実感した。
いつだって彼女の感情を動かすのは、俺じゃない人。一体いつになったらほだされてくれるのか、なんて苛々していた自分が浅はかだったのだ。
いつになったらも糞もあるか。
勝手に突っ走って先に進んだような気になって、そこにいるのは俺一人だけなのにそんなことにも気づかない。
格好悪いにも程がある。ほんのちょっと気持ちを伝えたくらいで、俺は彼女の特別になったような顔をしていたんだ。
「いい思い出として終わりたいの…あんたは私のこと遊びだったかもしれないけど、私にとっては幸せな時間だったから」
『り、』
「里保って呼ばないで。もう彼氏彼女じゃない」
『…絶対に戻れない?』
「戻る気なんてないよ」
そこからは電話の向こうの声も小さくなってしまって、相手が何を言っているのか分からなくなってしまう。
暫く黙って話を聞いていたかと思うと、速水さんは決意したかのような視線を一度こちらに向け、そしてとうとう呟いた。
「さよなら」
ブチリ、と返事を待たずに電話を切る。
「…言えました」
「うん」
安堵の溜息を漏らし、俺のシャツを握っていたことに気が付いて慌てて手を離した速水さん。
俺はというと、そんな彼女の反応に改めて傷つく始末である。きっと今、すごく情けない顔をしているはず。
…別に、ずっと握っててもいいじゃないか。嫌なのかそうかそうだよね。
「あの、私電話してるとき夢中で、その…すいません」
「いや…別にいいよ。それで速水さんの背中を押すことが出来たなら本望だし」
「…どうかしたんですか、その顔」
「いつも通りだよ」
「全くいつも通りじゃないと思うんですが」
「俺のいつもなんて君に分かるわけない」
「え」
あ、やばい。今すごい嫌なこと言った。
卑屈になってしまうなんて、それこそ益々自分をみじめな気持ちにさせるだけなのに。
俺なんか見てないくせに。まだ速水さんの心には彼がいるくせに。
大人げない。彼女より年上なのに、全然余裕がない。