「寒、い」
とは言っても冬なのだから寒くないわけがない。とりわけ、国内では例年より積雪量が多い。即ち被害もそのぶん大きく、軍までもが復興作業や市民の避難に追われている。
そんなイーストシティは何処吹く風というように雪の残る街はピンク色に埋めつくされている。ああ、もうそんな時期か。
……バレンタインデー。
女性なら心が踊らないわけがない、意中の相手にチョコレートをプレゼントし、告白する恋する者にとっては大きなイベント。
その証拠に街中は黄色い声が飛び交い、少女たちがショーケースを見合ったり、出店で店員らしき人と話しをしているのが見える。
……全く私には関係のない話。でも、私も普通の人生を送っていたら、あんな風に好きな人にチョコレートを贈りたい、と思っていたのだろうか。……そんなことを考えても仕方がない。この軍服を羽織り、生きていくことが私にとって「普通の人生」なのだから。
悴んだ指先を握り締める。いけない、まだ勤務中なのに。指を冷やしすぎると上手く引金が引けなくなってしまう。
「中尉」
「……、用事は終わられましたか?」
「済まないな。わざわざ連れ回して」
「それより……集まりましたか?」
「ああ、ある程度はな」
店から出てきた大佐は手帳に書き込みながら私に近付いて、不意にその紙を千切った。
そして、それを私に差し出す。受け取ると大佐の手が触れ合った。その一瞬の温もりが火傷しそうなくらい熱く感じる。
乱雑に書かれたメモを見ると、今私たちが追っている密輸組織の情報が纏められていて、何をすべきなのかが一目瞭然だった。
「……早急に手配します」
「では、司令部に戻るか」
ひらひらと出てきた店の窓に向かって手を振る大佐。その向こうには情報元の女性が居るのだろう。
市内を視察するという名目での情報収集はなんなく終わり、大佐は司令部の方へと歩き出す。私も慌ててついていくと「あっ」という声を出して立ち止まる大佐の背にぶつかった。
「な、なんですか」
「確か、此処に……」
ごそごそとポケットを探り首を捻る大佐に頭の上に疑問符が並んでしまいそうだ。
「中尉、手を出したまえ」
「?……はぁ」
言われるがままに手を出すと、大佐は少し笑って私の手を自分の方へと引っ張り手のひらに何かを載せた。
「……カイロ、ですか?」
「寒いところで待っててもらったからね。指を冷やすのは良くないだろう」
「あ……」
大佐がくれたのは使い捨てカイロ。それはじわりじわりと手を温める。大佐の優しさが心に沁みていくように。
「……ありがとうございます」
小さく呟いた感謝の声は、既に背を向け歩き始めた彼にちゃんと届いただろうか。
指先から伝わる暖かさは心のそれと比例して
110201
――――
エセロイアイ。