人魚の涙 続編
「あたしのこと、好き?」
「当たり前じゃないか、愛してるよ」
愛して、る。言いたいのはこの女じゃない。俺が一番恋しくて恋しくて仕方がないのはこの世界で唯一人。だけど、二度とそれは言えない。
「決して楽ではなかったな」
「あら、父のお陰で出世したのに?未来の貴方の隣に居るあたしを想像したらワクワクしてきたわ」
「そうだな。君が居てくれたから、ここまで来れたよ」
でなければ、この俺がお前みたいな女と結婚するわけがない。それも仕方ない。望んだモノではないのだ。だけど、それでも恋しい。彼女、を未だに俺は欲している。望んだ結婚ではないが望んだ椅子に掛けた俺は窓の向こうに広がる空を見た。「結婚する」、と伝えたあの日からどれだけ経ったろうか。いつの間にか俺はなりたかった夢を叶えてしまった。
「あたしは先に帰るわ、買い物がしたいの」
「……ああ、行っておいで。行商がたくさん居ただろう」
「ええ、だって彼らはあたしの求めるモノをくれるんですもの。貴方と違って」
皮肉めいたことを俺の背中に向けて言うと、妻はヒールを大きく鳴らし、部屋から出た。
「やれやれ、本当に面倒な女だ」
昔は可愛げがあったのに、今じゃぶくぶくと肥え、夜の相手すらおぞましいと思う俺は最低なんだろう。
「入りやすよ」
「ノックくらいしろ、馬鹿者」
「まぁまぁ、今更じゃないすか」
「……相変わらずすぎるだろう、ハボック」
くるり、と椅子を回すと少し老けたハボックが書類を抱えて煙草をふかしていた。
「大総統就任おめでとうございますってことで早速仕事置いときます。明日、正式な就任式が「ハボック」
はぁ、と溜め息を溢してハボックは書類をデスクに置いたあと、煙草を携帯灰皿に押し付けた。
「機嫌悪そうに歩いてましたよ、夫人」
「あの女などどうでもいい、それより……わかったか?」
「……いい加減認めてくださいよ」
「何をだ」
「あの人は、もう居ないんですよ」
「嘘を、つくな」
あの日、俺を庇って死んだのは彼女ではない皆、口を揃えて言っても俺は認めない。簡単に死ぬわけがない彼女は。
「嘘を、つくな」
「大佐」
「嘘をつくんじゃない!!!」
人魚は海へ帰りました110109
人魚の涙→人魚は海へ帰りました→しょっぱい(がらくた)