普段から酒には強い方ではなかったが、人並みに飲める方だった。弱くもなく、強くもなく。だがそんな俺はこの船で宴会がある時に酒に飲まれる事なんてなかったし、むしろ最後まで気持ち良く酔ったままの状態を維持する事が出来ていた。無論エースみたいに後先考えずに飲んだ結果、酒の飲み過ぎで記憶がなくなるなんて事もなかった。だからほんの少しだけ自分は酒には飲まれないという過剰な自信があったのかもしれない。その結果、宴会の後にまだ潰れていなかったマルコに飲み直すかと言われて、返事二つで了承したのだった。

「うー…」
「…春樹、飲みすぎたか?」

マルコの声が何処か遠くで聞こえるような気がする。俺も酔っていたが、マルコも十分に酔っていた。それでもこの酔い方は気持ちの良い酔い方だったし、苦痛ではなかった。寧ろふわふわして楽しい。

「あはは、マルコ、顔真っ赤」

けたけたと俺がマルコの顔を見て笑えば、小さくマルコも笑う。

「馬鹿、お前の方が真っ赤だよい」

マルコは椅子に腰かけて、俺はマルコのベッドに乗ったまま、お互いに酒を口にする。マルコの部屋は好きだ、マルコの匂いでいっぱいだから。そんな事を言うとマルコはまた笑う。

「俺は春樹の匂いの方が好きだがな」
「何それ、変態みたい」
「言いだしっぺは誰だよい」

マルコとは長い仲である。20年以上前からマルコは白ひげ海賊団に所属しているが、その時からの付き合いだと言っても過言ではない。俺がこの船に乗って20年弱になるだろうか。年齢的には俺の方が彼よりも三つくらいは下であるが、それをお互い気にした事はない。俺にはマルコがこの船で一番の大事な仲間だった。仲間に順位を即けるなんて事は正しいとは思えなかったが、もしそうするならばの話である。

「なあ、おれ達も年取ったよな」
「なんだよい、急に」

酒の入ったグラスを傾けながら、俺はぼうっと呟いた。年を理由にして船を降りたり、戦いで死んでいったり、と自分よりも上の年代の人達がどんどんと居なくなっている。その事実がとても悲しかった。その代わりにそれを補うように若い世代の人が増え、次第に白ひげ海賊団の大半以上を占める年齢は自分たちよりも下の年代になってしまった。

「マルコ…お前は俺の前からいなくならないでくれよ」
「よい」

馬鹿な事を言うんじゃない、と小さくマルコが笑う。そうだよな、と笑う事でその心配を誤魔化そうとして、俺は再び酒を胃の中に流し込む。

「飲み過ぎだ、そろそろ止めておけよい」

マルコがそう言って椅子から立ち上がると、俺から酒の入ったグラスを取り上げた。

「あ、返せよう」
「殆んど呂律回ってない奴が何説得力のないこと言ってんだ、馬鹿」
「馬鹿って言う奴の方が馬鹿なんだよう」
「分かった、分かったから。寝てろい」

ぐい、とマルコに頭を押されて、俺は彼のベッドに沈んだ。マルコの匂いが強くなる。酒が廻った頭では何も考えられない。ちらり、とマルコを見遣ると彼は一人でまだ酒を飲んでいた。

「マルコー」
「よい」
「マルコォ」
「よい」
「マルちゃん」
「…よい」
「……すき」
「…よい」

再びマルコに視線を向ける。俺に背中を向けて一人で飲み直していると思っていたマルコは、俺の方を見て驚いたように目を見開いていた。彼の顔が赤いのは酒の所為だろうか。そうじゃなかったら良いな、なんて思っていると、マルコが椅子から立ち上がった。

「…飲みすぎだよい、馬鹿」
「…また馬鹿って言う」

ゆっくりとマルコが、俺が横になっているベッドに近付いて、そのまま腰掛けた。ぎしり、とベッドが男二人の体重に耐えられないと言うように軋む。酒の所為で眠気が襲ってきて、俺の瞼が落ちる。この時間が勿体なくて寝てしまいたくはなかった。

「春樹」
「よい」
「真似するんじゃないよい」

くすり、と笑えば、マルコの指が俺の唇を這った。急なマルコの行動に俺の心臓が跳ねる。顔が熱い。酔いが回っているのか、そうではないのか、今の俺には判断が出来なかった。

「我慢、出来なくさせたのは春樹の所為だからな」
「…どういう事?」
「そのまんまの意味」

俺の頬に添えられたマルコの手が熱い。ぐっと近くなるマルコの顔。マルコの匂いと酒の匂いが鼻腔を掠める。

「目ぐらい閉じておくもんだよい」

くすり、と笑うマルコに俺はまた顔に熱が集中するのが分かってしまった。




うるさいくらい、心臓は君ばかりを呼ぶ