寒い。誰しもが口を開けばその言葉しか放たない。場所は冬島。しんしんと空からは雪が降り、島の至る場所を真っ白に染め上げていた。海風は鋭い程に冷たく、まるで刺すように俺達の身体を容赦なく冷やす。ログを溜める為にこの島に停泊して早一週間。少なくともあと四日はこの島に留まらなくてはいけないらしい。最初の三日はまだ良かったのだ。船員の誰しもが見慣れない雪や早々体験した事のない寒さに我を忘れてはしゃいでいたが、それも最初の数日間だけである。この寒さや雪景色に慣れてしまえば何も珍しい事はなく、その上この島の寒さは厳しく、ただただ辛いだけであった。

「今日の二番隊の不寝番は春樹だったな」
「…えー」
「順番だよい。文句を言うな春樹」
「分かってるけど…明け方は特に寒いんだもんなあ…」

忘れるなよ、とマルコに念を押される。流石に不寝番をすっぽかすような失態はした事がないし、況してやするつもりもない。だが寒いのだ。その思いは今日の不寝番担当の面々ならだれしもが今の俺と考えている事ではあるだろうが。

白ひげ海賊団は船員が非常に多い事でも知られている。それ故に船は大きい。そんな船の不寝番だからこそ、たった数人で取り掛かれば良いと言うものでもなかった。大き過ぎるが故の船には不寝番を行う場所が多数存在する。その多数の場所に各隊の内で順番が割り振られ、各隊の内でローテーションが組まれる。冬島に停泊している時に不寝番だなんて運が悪い、と俺は内心舌打ちしたのだった。




モビー・ディック号はマストに見張り台が設置されている。一つの見張り台に二人から三人が不寝番として割り振られ、子の刻から卯の刻までの六時間を担当する事になっている。普段の不寝番なら眠いだけで済む事なのだが、今回の不寝番はそうはいかない。何しろ寒いのだ。先日不寝番を担当した二番隊の奴に聞いたのだが、毛布を用いても明け方は寒さが厳しいらしい。その話を聞いて、今回俺は毛布を三枚も抱えて見張り台に登ったのであった。

「……さ、寒い」

がちがち、と勝手に歯が鳴る。呼吸の度に白い吐息が口から吐き出される。二番隊に割り振られた見張り台には俺一人しかいない。俺の勘違いでなければ今日の不寝番は二人の予定なのだが。

「よお、春樹」
「なっ、エース!?」

ひょっこりと見張り台の下から顔を覗かせたのは二番隊の隊長でもあり俺の恋人であるエースだった。今回の不寝番ではないお前が何で、という俺の言葉に彼は返答する事なく、見張り台へと登って来たのであった。その格好は上半身は平生通り裸なのに、防寒としてであろうか、マフラーを首に巻いただけという何とも見ているだけでこっちが寒くなりそうな状態である。

「代わってもらったんだ、不寝番」

先程の俺の問いかけに漸くそう言葉を返したエースは、得意気に俺に向かって笑ってみせた。

「なるほど、エースが此処に来た理由は分かった」
「おう」
「それは分かったけど、何で代わってもらったの?」

二人きりになりたくて、なんて理由はエースに限っては違うだろう。二人きりになりたければ自室を使えば良いだけの話である。各隊長やその立場に近い人には自室が与えられており、エースにも自室が与えられている。これまでの逢瀬にエースの自室を用いた事は多数あり、それ故が根拠であった。

「なんでって…寒いだろ」
「は?」
「だから、春樹が」
「いや、おれから見ればエースの方が寒そう」
「おれ?おれは寒くないぞ?メラメラの実の能力者だから寒さとか感じないんだ」

これまた得意気にエースが俺を見て笑う。ほら、と彼に手を取られれば、暖かいエースの両手が俺の左手を包み込んだ。暖かい。上半身は裸、ただマフラーを巻いて防寒をしているだけなのに、どうしてこんなに彼の身体は暖かいのだろうか。

「じゃあ、…エースはおれの身を案じてわざわざ不寝番代わってもらったの?」
「ああ!」

満面の笑みを浮かべて俺を見つめるエース。不覚にもその表情に俺の顔に熱が集中するのが自分でも分かる。そんな俺に気付きもしない彼はもぞもぞと俺の毛布の中に潜り込む。

「ほら、暖かいだろ?」

ぎゅう、と俺を抱き締める彼の腕と広い胸板。エースの言う通り確かに暖かかったが、それもあまり分からないくらい今の俺はどうしようもなく心臓の鼓動が速く感じていた。




甘い瞼にアンドロメダ