黒いスーツ姿は何処に居ても直ぐに分かる。さらさらの金髪。特徴的で間抜けなチャームポイントのぐるぐる睫毛。大の女好きなのに俺と付き合っているのは謎でしかない。彼の煙草と海の幸の匂いが俺は好きだ。俺を見る瞳も頭を撫でてくれる大きな手も優しくて好き。

「サンジ…」
「春樹じゃねェか、どうしたこんな時間に」

ダイニングに入ると、サンジがキッチンの片付けをしていた。たぶん片付けだけではなく、明日の朝食の準備やレシピの開発も行っているのだろう。料理に限定して言えば、サンジはどこまでも真面目だ。性格の面では無類の女好きなどの欠点が目立つのだが。

「小腹減っちゃってさー…何か夜食ない?」
「ったく…晩御飯の時にちゃんと腹一杯食べないからだろ」

やれやれ、とサンジは俺に向かって溜息を吐き出した。そんな態度を取りながらも適当な食材を冷蔵庫から取り出して調理の準備を行う辺り、空腹の人間に対してサンジはどこまでも優しい。空腹の人間を放ってはおけないというサンジの考え方、若しくは性格なのだろう。

「座って待ってろ」
「うん、ありがと」

日付が変わるか変わらないかの時間帯。静かな空間にサンジが食材を刻んでは、それらを調理する音だけが響く。ふわりと良い香りが空気中を漂い始めた頃、ぐるるると俺のお腹が情けなく鳴る。聞かれてないだろうか、とサンジの方を見遣るが彼はもくもくとキッチンに向き合って何やら調味料を選んでいた。

「ほらよ」
「わ、美味しそう」

ことり、と俺の前に置かれたのは小さな容器に入ったスープだった。中には沢山の野菜と小さめに切られたベーコン。スープに散らされたパセリが彩りを鮮やかにしていた。スプーンをサンジから受け取ると俺はスープを口に運ぶ。

「相変わらず美味しい」
「そりゃどうも」

小さく俺が笑えば、サンジも同じように小さく笑い返す。

「それ食ったら消化するまで寝るなよ、胃もたれするぞ」
「ん」

時間帯が深夜という事もあって、消化に優しい夜食を作ってくれたサンジに俺はスープを飲み干しつつも心の中で感謝する。消化が終わるまでどれくらいかかるかな、と隣に座るサンジに尋ねれば二時間くらいという言葉が返ってきた。

「…春樹、こっち向け」
「ん?…わ!」

ぐい、と半ば強引に俺の口元が彼の親指で拭われる。唐突な出来ごとに俺はただ目を点にするしかなかった。

「パセリ、付いてんだよ馬鹿」

サンジはそう小さく呟くと、俺の口元を拭った親指を舐め上げた。自然なその動作に俺はただ赤面して声も無く口を開閉するしかない。そんな俺を怪訝そうに見つめるサンジと視線が交差した。

「…なんて顔してんだ」
「だ、だって…サンジ、お前、何して…」
「あ?」
「っ、そういうことさりげなくするんじゃねェよ!俺は男だ!」
「誰もお前を女として見てねぇよ、馬鹿野郎」

そんな事を言いながらも俺に小さく笑いかけるサンジに、俺は自分の心臓が速く動いているのを実感していた。くそう、なんでこんなにコイツは格好良いんだ。何だかんだ言っても最終的にはサンジが優しい事を俺は知っている。顔に熱が集中している事も自分で分かってしまっている今、俺はまともにサンジの顔を見る事が出来なかった。

「春樹。そういう顔、他の奴に見せんなよ」

え?、と俺がサンジに聞き返すよりも早く、彼の手が俺の頬に添えられる。キスされる、そう分かった時には既に遅くて。サンジの厚ぼったい唇が俺のそれに重ねられていた。優しく触れるだけのキス。サンジの空いていたもう一方の手が俺の腰を引き寄せる。彼の唇が薄く開いて、そして、

「サンジー!腹減ったー!!」
「「ぶふぉ!」」

唐突に扉を開いて入って来たのは我らが船長。咄嗟の事に驚いて俺は勢い良くサンジを突き飛ばしていた。椅子から転げ落ちたサンジは青筋を立てて御立腹の様子であるが、その原因が俺なのかルフィなのかは分からない。

「サンジ、何か食い物ないか?」
「ったく…てめえは…!」

きょとんとした目でサンジを見つめるルフィを彼は蹴飛ばす。痛ェ!と声を挙げるルフィにサンジは背を向けると、俺の耳元で小さく囁いた。

「よくも突き飛ばしてくれたな、春樹。後で覚えとけよ」
「ひっ」

にやり、と意地悪な笑みを浮かべたサンジに俺は小さく悲鳴を溢すしかなかった。




流れ星の吐いた嘘