放課後の教室。静寂のなかで名は1人日直日誌を書いていた。
時間割、担当の先生、掃除時間の様子、HRでの連絡事項などを一つ一つ埋めていく。
ふと時計を見上げると、もうとっくに部活が始まっている時間帯だった。
「サボッたな……」
低く呟き、名はもう1人の日直の顔を思い浮かべた。
切原赤也。
明るくてお調子者で、まぁクラスに1人はいる人気者タイプだ。その上滅茶苦茶強いらしいこの学校の男子テニス部のレギュラーときている。そしてルックスも悪くない。ここまで揃えば、それはもうモテないはずがない。テニスコートに女の子が群がるのはいつものことで、ボールが跳ねる音さえもその黄色い歓声に覆い尽くされる。
あんな奴に惚れるなんて、馬鹿みたい。望みなんて無いに等しい。だって奴は、今はあの黄色いボールに夢中だ。どんなに可愛い子だって目に入らない。
しかしかく言う私も、そんな奴に惚れた馬鹿な女の子たちの中の1人。
「はぁ……やっぱ相手が悪いよね……」
日誌をほっぽいてシャーペンをくるくると回す。残った欄は、今日の出来事と日直のサインだけだ。半分以上は私が書いたんだし、残りは奴に押し付けてもいいだろう。
日誌は日直のサイン必須で、その日に提出しなかったら1週間ずっと日直。まぁ切原とならもう1週間くらい日直やるのもいいかも。なんてバカなことを考えてしまう始末だ。けれど切原にとって日直の1週間追加なんてただ面倒なだけ。だから何があっても来るはずだ。
ちょうどそのとき、ガラリと教室のドアが引かれる音がした。
「悪ぃ、日誌もう書いちまったか?」
噂をすればなんとやら。そこには全く悪びれた表情を浮かべていない切原の姿。
「まだ。あとは切原が埋めといてね」
「ちぇ。ハイハイっと」
私の前の机の椅子に座り、後ろを向いて書き始める。切原が日誌に集中しているのをいいことに、不躾に彼の観察を始めることにした。
よくワカメとからかわれる黒の髪質。柔らかくて滑らかで、私は好きなんだけどな。
視線を下げると少し眉間に皺が寄った表情。不機嫌そうなのは日誌が面倒だからなんだろうな。
私の可愛らしいピンクのシャーペンを握る骨ばった手。その手首の筋に少しきゅんとする。
あぁ、やばい。私、変態みたい。気まずくなって視線を逸らすと、彼がまだ制服を着ていることに気がついた。
「あれ?日直忘れて切原って部活に行ってたんじゃないの?」
「あ?違ぇよ」
それなら、なんでこんな遅れたのだろう?
無言の疑問を感じ取ったのか、どこか気まずそうに首の後ろをかく切原。
「あー、呼び出されてたんだよ」
「呼び出し?何、切原また授業中寝てたの?」
からかうように言うと、切原は真剣な表情でこちらを見る。
「先生じゃねぇよ。……他校の、知らねぇ女子」
え、それって。思わずフリーズする私に切原は面倒くさそうに付け足した。
「だから、告白されてたんだよ」
そしてハァ〜と項垂れる切原。いやいや、項垂れたいのはこっちだ。
「そ、それで……?」
ドキドキしながら結果を聞く。切原の様子からして彼女ができたとは思えないけれど、でももしかしたらだし。
「あー…断ったけどさぁ……」
「そ、そうなんだ……」
気付かれないようにホッと胸をなでおろす。でも次の切原の発言でまた鼓動は早くなる。
「俺だって好きな奴いんのになぁ……」
「ッ!」
切原って好きな人、いたんだ。勝手に今は部活に夢中だから大丈夫、とか思い込んでいたけれど、そんなのはただの勘違い。しっかりと彼のハートをつかんでいた女の子がいる。愕然とする私に気付かないで切原はさらに突拍子も無いことを言い出した。
「おっ、そうだ!いいこと思いついた!」
「なに」
「姓!お前、ちょっと俺の恋愛相談にのってくれねーか?」
「えっ?わ、たし……が?」
「そーそー。アンタ顔広いしさ」
確かに結構友達は多い方だ。私つながりでカップルが成立した話も稀に聞いたりする。
いや、でもこの展開は無しだろう。ありえない。
「な!頼む!この通り!」
パンッと目の前で手を合わせて拝まれれば仕方が無い。結局は迫力に押されて頷いてしまう自分。本当にダメだな、私……。
「じゃあ早速だけどよぉ」
「う、うん……」
夕日が窓から差して教室が真っ赤に染まる。
「今俺の目の前にいる奴の口説き方、教えてくんね?」
私の顔も真っ赤に染まる。
end.
展開速いですね。びっくりです。(2007/10/07)
sakuyo [ dr cp home ]