季節は、雨があまり降らず、とても暑い日が続いた六月の終わり。

高木の愛車であるTOYOTA・パブリカは旧式であるため、今のご時世でもエアコン未搭載という暴挙を成し遂げていた。
従って、暑い日には窓を全開にする他に、生きる道はない。

心地よい夜の風が頬を撫でているのに気付いたのは、高木が眠りに着いてから随分後のことだった。

「あれ…僕、いつの間に眠って…」
「車に乗って十分程経った頃だよ。君があまりにも気持ち良さそうに眠っているんで、そのままにしておいたんだ」

不意に隣から訊き慣れた穏やかな低音が響き、高木はやっと、自分が今まで、自らの愛車の助手席で眠ってしまっていたことに気付いた。

「はあ、、あの、これは一体どこへ向かっているんでしたっけ?」

そう言いながら首を傾げた高木をミラー越しに観た、今は運転手の白鳥は、くすりと笑ってみせた。

更にきょとんとする高木を他所に、白鳥は車を停めた。

「さあ、到着だ」
「?」

どうやら高木の質問の答えは、直接自分の眼で確かめるといい。と言ったところの様だ。

白鳥は一足先に車を降り、高木も慌ててそれに続いた。

車を降りて少し前へ歩みを進めた途端、高木の眼に飛び込んで来たのは、限りなく続く一面の海と、美しい砂浜だった。

身体の表面をゆっくりと撫でて、優しく包み込むような波の音に、高木は暫くの間、口の筋肉を弛めたまま、唖然としていた。

「潮風がとても気持ちいいね」
「はい、じゃなくて…!白鳥さん、ど、どうして僕ら、こんなところに居るんですか?ここは一体…」
「はは、まあ落ち着きたまえ。ここが私の秘密の場所なんだ」
「え、?」

潮風に吹かれながら眼を細めた白鳥の横顔をみて、高木の脳内に、一ヶ月前、警視庁の待合室での会話が駆け巡った。

あの会話が出たのは、お互いの幼い頃の話をしていた時のことだ。




「小さい頃はよく秘密基地を作って遊んでました」
「ほう。それはそれは」
「あれ、もしかして白鳥さん、作ったことないんですか…?」
「まあね。私はあまり外で走り回ったりして遊ぶことを、許されていなかったからね」
「、、」
「そんな顔をするものじゃない。だからと言って、私は君が言う様なことを、それ程、望んでいた訳ではないのだから」
「でも、」
「それに、秘密基地とまではいかないけれど、今の私は、私だけの特別な秘密の場所を持っているからね」
「白鳥さんの、特別な秘密の場所…ですか?」
「そう。とても素敵なね」
「へえ、行ってみたいです」
「ふふ、まあ君にならみせてもいいかな、」






高木はその時、滅多に御目に掛かることの出来ない、白鳥の純粋な笑顔を観てしまった気がして、この会話を忘れることが出来ずにいたのだった。

「そんな白鳥さんの特別な場所に、僕なんかを連れて来てしまっていいんですか?もっと他に―――」

白鳥に腕を引かれ、会話は遮られた。
高木は、急なことで体勢を崩しながらも白鳥に腕を引かれるまま歩みを進め、なんとか転ばずに波打ち際へと辿り着いた。

革靴の中は砂浜の砂による、容赦のない総攻撃を受けていたが、そんなことよりも、間近で観るこの空間の美しさに、捕らわれていた。

海面に映る満月の光が波に揺れて気持ち良さそうに游(およ)いでいる。
足元に打ち寄せる波と、その波の楽しそうな歌声と、上と下、一面を埋め尽くす満天の星空と海とが絶妙に絡み合って、高木に、言葉という概念が、この世に存在していることを忘れさせた。

「どうだい?」

白鳥の声で我に帰り、海を眺めたまま、「綺麗、としか、僕には言いようがないです」と呆然とした様子で呟いた高木をみて「はは、そうだろう、」と白鳥は静かに笑う。

「それで、何だったかな?」
「―、だから、その…僕なんかをこんな特別な場所に連れて来てしまってよかったんですか?白鳥さんには、もっと他にいい人がいた筈です」
「そんなことかい。言っただろう。君になら、みせてもいい、と」
「それはつまり、んっ、!」

お互いの唇が重なり合う。
腰と背を捕まれ引き寄せられれば、意図も簡単に、高木の華奢過ぎる身体はすっぽりと白鳥の腕の中へ収まってしまった。

長く、甘い口づけの隣で、波は変わらずに心地よいメロディを奏でていた。

「つまり、こういうことだよ」
「は、何…を、」

月明かりだけでも十分に分かる程に頬を真っ赤にした高木は、白鳥の胸を押して、なんとか唇だけは離すことに成功した。

男同士でこんなの、と、高木は抗議の声をあげようとしていたが、何れも混乱していて言葉にすることに失敗しているようで、

「私は君を、どうしようもなく、愛してしまっているのさ、」

その愛の告白は、酷く甘く、心地よく、この美しい特別な秘密の場所と、高木の心へと沁(し)み渡り、いつまでも、生き続けた。





      後書きとお礼



 
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