僕は、所属している火薬委員会の担当教師、土井先生に火薬庫の掃除を昼休みにするよう頼まれて居たのを、放課後になる今の今まですっかり忘れてしまっていた。
土井先生の事だから、それだけのことで、厳しく叱りつけられるようなことはないと思う。
だけど、自分に頼まれた仕事を忘れるという無責任さに僕は情けなさを覚え、火薬庫の掃除をする前に土井先生に謝りに行こうと教員長屋へ足を運んだ。
急いで土井先生の部屋の前まで走った為、乱れた息を整えようと、一先ず障子の前で深呼吸したその時だった。
部屋の中で、なにやら話声がする。
そりゃあ土井先生だって部屋にいつも一人で居るわけではないし、誰かが訪れて来たら部屋へ入れて話をすることもあるだろう。
でも…なんだか雰囲気が普通と違うんだ。
僕は障子に手を掛けて、入るか入るまいか悩んでいた。
「土井先生」
その声に踵を返し、来た道を走った。
「土井先生」
きり丸の甘えた声が鼓膜に張り付いている。
それはまるで、溶けた砂糖菓子のようにただ甘く、甘く。
あのきり丸が唯一甘えられる相手が土井先生になるのは、ごく自然な流れだと思っては居た。
それに、きり丸が土井先生とどういう関係だろうとなかろうと、僕には関係のないことだ。
なのに、なのにどうして―――
こんなに、胸が痛いんだよ。
僕はいつの間にか、火薬庫まで戻って来ていた。
乱れきった呼吸を膝に手をついて中腰になりながら整える。
喉がやけつくように熱いけど、どういうわけか心は凍てついていた。
仕方なく、火薬庫の掃除を始める。
だけど何を掃除しても、きり丸のあの声が頭から離れない。
きり丸は、僕の頭の芯まで溶かしたのか、
それとも
(長い間そのままにされた汚れは、落ちにくいという)
この醜い嫉妬心は、本当はいつから僕の中に潜んで居たんだろうか、
20110927
土井きり←ろじ
で、悲恋。
こういうのも
ありな気がするのです。