2017/05/13 19:00 翻して爪先

早朝のシャワーを済ませ、いつものように燕尾服へ着替えようとしたところ、ハンガーに吊り下がる制服が何故かロングスカートの給仕服に交換されていた。浴室へ入る前に確かにシャツと共に揃えて掛けておいたはずだ。何者かが、と言っても屋敷の人間は限られている。仕方なく下着のみを着用して隣室で支度をしているベリアルを訪ねる。彼の制服はいつも通りの真っ黒な燕尾服であった。

「ベリアル、お伺いしたいことがあります。私の制服が何者かによってすり替えられていたのですが、何かご存知ありませんか」

彼は暫く私を眺め、その眉間に徐々に皺が寄せられていった。限界まで眉を寄せてからくるりと身を翻したかと思うと、クローゼットの脇にそびえる箪笥の引き出しから大きめのタオルケットを取り出して私に被せた。花の香りが鼻孔をくすぐる。行動意図を思考するまでもなく彼自身が解説してくれた。

「女性がそのような恰好ではしたない。仮にも旦那様の分身としてのご自覚はないものですか」
「これは、失礼いたしました。常々気を付けてはいるのですが、どうしても忘れてしまいます。…………それで、」
「給仕服は旦那様より仰せつかり、私が交換したものです」

ああ、やはり旦那様だったか。予想というより推測は的確だった。こうした突拍子もない出来事が起これば、ほぼ九割の確率で旦那様の気まぐれである。旦那様は相当な気分屋であらせられる。今回のこともまた、何らかのゲームやアニメの影響であろう。ともすれば、皮肉のごとくいつもの燕尾服を着用して仕事に向かうのもまた一興であろうが、ベリアルにこうして確認をしてしまった以上従順にあの制服を着ることが最善か。ふう、と一呼吸置いて脱衣所へと踵を返した。




2017/04/07 17:11 死んだ横顔



そっと、死が忍び寄る。彼の横頬を眺めたときに確信もなくそう思った。目は真っ直ぐに敵へと、悪魔へと向けられている。殺意の混ざった敵意は公務員のする眼ではなかった。彼の握る銃身はさぞ重いだろう。鈍く光るそれは彼の癖をしっかりと刻み、彼に応えようと指先に寄り添う。ああ、美しいな。これから引かれるトリガーが、闇夜に浮かぶ月光に反射して私の目を眩ませた。
「集中してください、…………四肢を落とすまでは詠唱を止めないでくださいよ」
生半可に詠唱していたことに彼は気が付いていた。十字架を振ることで謝罪を示し、背筋を見つめるのを諦めて悪魔の死骸に意識を傾けた。雪男くんが四肢を千切り、脳髄に銃弾を突き刺し、血反吐にまみれて横たわる悪魔の亡骸。これから先のお前の運命だ。呪に縛られ、札に阻まれ、結界の中でもがく悪魔へと嘲笑する。


2017/02/28 21:21 それをひとは愛という



スティーブンさんは、わたしに目隠しをくれたひと。盲目にしてくれたひと。この両の眼を節穴にしてくれたひと。だから、わたしは喜んで彼の袂へ向かう。踏み台となる。汚れる刃となるのだ。そこに、何の躊躇もない。だって、倫理でさえ存在しないのだから。この感情はただの、執着、だ。



「青子さんって、スティーブンさんに対してだけは、何か、ちがいますよね」
「……何かって、なに?」


レオナルドはするどい。腑抜けのようでちっとも抜けていやしない。それはその「借り物」の所為なのか、天性のものなのかは分からないけれど、少なくとも真っ先に恋慕の類と言わなかったくらいには、鋭敏だ。ウンウンと唸ってみせるその仕種でさえ、偽物に見えてしまう。


「何か、おとーさん、みたいな」
「ちょっと、ミスタはそれほど歳を取っていないよ」
「アッ、ち、ちがいます!そうじゃなくって!……だからスティーブンさんに告げ口しないでくださいよ!」


出しかけた端末を再び胸ポケットに納める。なるほど、父親、か。それは新しい意見だ。興味深い。


「レオナルド、あまりそういうこと、言っちゃヤだな。わたし、ミスタに惚れてるんだから」





2017/02/23 09:49 うそつきヨハン


ひどくいやな夢を見ていた気がする。けれど、もう思い出せなくて、それがさらに気分を悪くした。胸の内に灰を詰めたような不愉快で噎せ返る。咳き込むわたしに、ヨハンは冷えたミネラルウォーターを差し出した。手狭なワンルームでは寝台と冷蔵庫が隣接しており、枕元での晩酌もお手の物だ。何も言わずにペットボトルのキャップを回した。いま何時、と呟く。彼はすぐに午前四時だと答えた。今日も仕事でスケジュール帳が喧しい。二度寝と洒落込みたいところを辞退せねばならない。スウェーデンへと飛ばなければならない時刻はいつだったか、確かめようとスマートフォンを探る。枕の下に埋まっていたそれを、ヨハンに取り上げられた。

「どうしたの」
「まだお休みになっていては如何です、出発は六時でしょう」
「いまから寝ても十分じゃないよ」
「私が起こしてさしあげますから」

珍しく、ヨハンが帰らない。彼はいつも早朝に家を出る。わたしが起きて寝惚けている頃に挨拶を済ませてここを後にするのだ。だというのに、彼はまだわたしと共にベッドに寝そべったままだ。これはちょっとおかしいぞ、と夢を忘れて頭が醒めていく。わたしが怪訝に眉を寄せているのを発見したヨハンはゆっくりと笑った。深い意味はない、ただの親切だ。と最もな回答をする。その親切に甘えても良かったのだが、生憎と眠気が飛んでしまった。惰眠を貪る欲すら失い、それをもったいないと嘆きつつ薄い毛布から這い出る。


2016/12/10 14:27 召しませ現代


聖杯戦争ってなあに、という子どもの無邪気な疑問に馬鹿真面目に答える奴があるか、と先ほどから休まることを知らぬ唇を見つめながら考えた。魔術や魔法に関心はない、ただ「戦争」という物騒な単語を備えた一大行事がこの地で開催されると耳にしたものだから概要くらいは把握しておかなければ巻き込まれる、そう思考を進めた結果の台詞だったのに、この阿呆に訊いた私が悪かったのだ、そんな一から十まで懇切丁寧に教え込まれて一体全体どうしろと言うんだ。「もういい、もういいからやめろ」と制止の言葉をかけると、言峰はぴたりと説明を止めた。

「貴様の脳味噌では理解に及ばなかったか」
「ちげーよばか、百を訊いたつもりはない、要は魔術師共のくだらん戦争ということだろ、それだけでいいんだ」
「随分と噛み砕いたな、時臣氏の耳に入ればお怒りになるだろう」
「私にその素養がないのはあの人も知っているから怒ることすらしないさ、きっと憐れむだけだ……そういえば気になることを言っていたな、英霊を召喚するんだって?」

その首肯に私は笑みを返し、英霊を見たいと囁いた。案の定言峰は眉を寄せる。彼は遠坂の犬だ、ゆえに遠坂の意向に沿わないことはしたがらない。魔術は一般に露見するべからず秘匿すべし、というつまらない主義が魔術師共の中では常識であるから、言峰もまたそれに従わざるを得ないのだ。だからこそ私は遠坂を無視して言峰に無理難題を押し付ける。彼は押しに弱い、私に対してのみ、食い下がればある程度のことは要求を呑んでくれる。だから言峰は好きだ、魔術に対しても付属品ほどの執着しかないから付き合いやすい。私は再び「見たいなあ、英霊。言峰も召喚しているんだろう、見せてくれよ、減りはしないだろう?」と彼の袖を引く。言峰はようやく溜息を吐いた。

「構わないが、」
「綺礼、此処に居たか。……我の手を患わせるな」

言峰からの分かりきった注意を受けようとしていたとき、背後から知らぬ影が伸びてきた。振り返ると見覚えのない男が仁王立っている、教会の扉は固く閉ざされたまま音一つ立てていなかった。この男、どうやってここに入って来たのだろうか。言峰の知人のようだから、私は交渉を中断してその男に彼の前を譲った。ここで言峰に面倒を負わせることは得策ではない、英霊に拝謁できなくなってしまう。

「丁度良い……青子、」

男の台詞の前に言峰は私を手招いた。意図を掴めないまま、彼の隣に立ち男を見据える。ステンドグラスからこぼれる光が彼の髪に反射して、目がちかちかとした。「感想はどうだ」とまたも意味不明な問い、私は首を傾げる。

「貴様の会いたがっていた英霊だ、」

指をさす、私が。

「これが?」


2016/10/18 11:31 灼け爛れた心

※ちょっと助平
※似非明治期文語体


止めておくれよと俺の腕をしかと掴むモンだから火傷の上から新らしく引ッ掻き傷が丁寧に伍本出来上がつて仕舞つた。仕様も無い男の勲章だ。女の乱れた髪を束ね更に引き寄せれば悲鳴は一層けたゝましく涙は遠慮無く溢れ出る。其れが又俺を愉しませてくれるから礼をしやうと一ツ間を置いた。油に湿つた毛髪より手を放し抜け落ちた其れがはら/\と床へ舞うのを眺めた。女は幾度も「非道い」と繰り返してゐた。俺は嗤ふ。
「非道いッて事ァ無いンじゃないの。俺は言ってあった筈だよ、『鳥渡ばかり痛い事をするから平氣な女が好い』ッて、ネ?」
女将が寄越した此の女は俺が平手を打つただけで根を上げた。腫れた頬を押さえて「何をするンだい」と絶叫した。存外「可愛い」女を選ばれて落胆したけれど此れは此れで俺の好みであつた。女を励まし再び其の矮小な頭蓋を暖炉へと対面させる。冬至間近の此の街では何処も絶えず火を焚いてゐた。俺も又少ない原稿料を叩いて没案を焼べてゐる。眼前で赤赤と背を伸ばす炎に脅えたお陰で些か締まつた。
「気を付けないと俺のようになッちまうよ、ほうら」
此の哀傷を誘ふ面構えにと真白な覆面を僅かに持ち上げ其の下に拡がる惨状を見せてやつた。女は喉から息を洩らして首を振り最早声一ツ現れぬやうな有様だつた。此れは愉快極まりない。俺は腰を前後に烈しく打ち付け己を女の内側へ擦り合はせる。其の度に躰は燃え盛る炎へと距離を縮め長く美しい射干玉がつひぞ煙を掠めてじうと焦げて仕舞つた。女の恐怖は底を着き泡を噴いて倒れ込む。後僅かといふところで暖炉へ飛び込まずに済んだやうだ。寸でのところで絶頂を迎えた俺は女の中へ吐き出し終えてから自身を抜いた。酷く好い心地だ。痒みを帯び始めた腕の皮膚を見乍ら注射痕から血が噴き出してゐることを確認する。針を刺したところを丁度掻かれた。恨めしく女を眺めると其の股から黄色の汁が垂れてゐる。己の着物も其の汁のために汚れた。此の女失禁しやがッた。覆面を元の位置に下げて実に恭しく女の着物をして其れを掃除せしめた。そうさね、落とし所をつけませう。其れからは俺は夜の闇の中に消えたッてェ始末よ。後のことァ誰も知れないネ。


2016/10/15 09:07 醜悪此処に極まれり

※ちょっと助平




「淫ちゃんが醜女好きって聞いたよ」
突拍子も無く酒の席で始まった。その言葉に依って彼等の間には暫時沈黙が過ったが、直ぐに絶頂亭の喉元から「へェ?」と轟くように相槌が打たれた。続きを促すように傾けられた首に、大神は昨晩の娼館を思い返す。売春婦が愉しげに噂話に興じていた処に自分も肩を並べると、不用心にも或る物好きな客について語ってくれたのである。
「巨漢で背広、妖しく光る眼鏡に只ならぬ妖気を纏ってる男ッたァここいらじゃ淫ちゃん位ェなモンさ。其の男は決まって醜女しか買ってかないンだって。羽振り良く支払う割に、買うのは顔のひしゃげたウズメや見るに堪えない脂肪の塊なものだから、女達の間で大層な評判よ。で、俺ァこりゃ淫ちゃんに違ェねぇと行き着いた訳さ」
絶頂亭は酒を煽りながら顧客情報を洩らす安易さに些か呆れを覚えていた。大神の話す娼館に思い当たる処は一箇所で、其処へは一度しか足を踏み入れていないけれども何処からとも無く噂は流れて行く物だ、当人の知らぬ間に娼婦の間で井戸端話の元と成っていたのだろう。大神は揶揄った笑みを口の端に浮かべ(覆面の下から薄らと見て取れた)、絶頂亭に顛末を語るよう催促した。彼は眼鏡の縁を持ち上げた。
「成程ねェ、別に俺ァ醜女を好むってェ訳じゃねェんだけどなァ」
「じゃ、矢張り淫ちゃんなんだ」
「附子ばかり抱くのは本当よ」
「何でまた、どうせ抱くなら別嬪が好いでしょ?お岩が悦がったところで萎えるだけだね」
解ってねェなァ、スケさん。絶頂亭の手付きは女の腰を掴むそれを再現した。自らの下半身を小刻みに揺らし、その衝動で安い木組みの椅子がカタカタと鳴いた。彼は悦に入ったうっそりとした眼で語る。
「醜女が俺の下で喘ぐンだ、悦がるンだぜ?想像してみなィ……其奴ァ餌を待つ豚みてェにきったねェ顔を涎と汗と涙に塗れて更に醜悪な面にしてらァな、脂の凝り固まった尻を無様に揺すりゃ蟾蜍を踏み潰したような悲鳴を上げやがる……クは、悦くなって来やがった……更にな、スケさん、欲しがりな女ってェのは腕を伸ばして縋ってくンのさァ、其れを引っ叩いて罵ってやンのヨ、脅えたらまた肉を揺らして震えやがるモンだから、此奴がァ堪ンないンでェ」
「淫ちゃん、勃ってるよ」
「此奴ァ失敬」と大神の言葉に絶頂亭は腰を浮かす。そそくさと厠の方へと向かう彼の背を見送り、大神は其の与太話に思案を馳せた。ふと、気付かぬ間に覆面へと指先が伸びる。不揃いに成長した爪は火傷の痕を引っ掻いた。自分は此の様で彼奴みたく整頓された目鼻を持っていない、所有していた筈の其れ等は外つ国との戦に拐われた。俺は屹度、彼奴の足下で媚びる側だ。
「あゝ、でも、そうだな、」
昨晩買った女を盃に注がれた酒に見る。揺らぐ水面に、恐怖に白目を剥いた美女が映った。頬に脇差が当てられ今にもその柔肌を傷付けんとする其れを握るのは、皮膚の歪んだ男の物。
「咲夜を傷物にするのは、面白かったねェ」
大神はむくりと起き上がった其れを抱え、絶頂亭と擦れ違いに厠へ足を忍ばせた。



2016/10/13 16:13 好奇心は私を殺した




好きです、付き合ってください。と、ありがちな告白を受けたのは、たいへん可憐な女の子からでした。

「ええっと、ごめん、確認してもいいかな」
「はッはひ!」

かわいいな、返事まで。うーん、と暫時言葉を選んで、それから訊ねた。

「告白相手はきみの隣にいる彼ではなくて、私でいいんだよね?」

彼女の隣には驚いた顔の男の子が立っている。彼はどこかで見たような顔だけれど忘れてしまった。どうやら私と同じ勘違いをされていたようで、呆然と女の子を見下ろしている。そんな彼に気付かず、女の子は爛々と目を輝かせて大きく肯いた。

「はい!松野くんは付き添いで来てもらってるだけなので!」
「その松野くんはかなり大袈裟にショックを受けているけれど」
「え?」
「え?」
「えッ、あ、いや、僕はそんな!全然!ただの付き添い!付き添い……ただの……」

黙ってしまった。よほどショックだったようだ。無理もない、こんなかわいらしい女の子から人気のないところに連れて来られて期待しない男がいるだろうか。それを尽く打ち砕いてみせた彼女はとんだ強者だ。私は口の端から苦笑を漏らす。

弱ったなあ、女の子に告白されたのはこれが初めてだ。それも明らかに女の子に気があった男の子の目の前でなんて、なおさら初めてだ。どのようにしてお断りしたらいいか迷うけれど、あまり時間を稼ぐのもよくないか、私は隣の松野くんとやらに目配せをして言葉を紡いだ。

「気持ちはすごく嬉しいんだけれど、……」

お断りの台詞も実にありがちなものとなった。


♂♀



女の子は目元に涙をいっぱい溜めて駆け抜けていった。付添人を置いて一目散に逃げ出した。残された私たちは、ほんとうに初対面で、どうしようもなく取り残されていた。

「松野、くん?」
「兄弟が多いからややこしくなるし、下の名前で呼んでもらえると助かるよ……僕は松野チョロ松です……」

実にわかりやすい意気消沈。松野、チョロ松くんは肩をがっくりと落としていた。着ているシャツがヨレてさらに情けないことになっている。ほんとうにあの子のことが好きだったんだなあ。申し訳ない現場に立ち会わせてしまった。

「青子さん、だよね、知ってる、有名人だから」
「うそ、」
「ごめん、あの子から相当話聞いてたんだ……でもまさか告白するとは……数少ない喋ってくれる女子が……まさか女子に取られるとは……女子に……」

チョロ松くんからジトッとした恨みがましい目で見られて、さらに同情心が募っていく。私のせいではないのだけれど、ここまで来ると彼があんまりかわいそうだ。私は無理矢理口角を吊り上げて彼に慰めの言葉を投げかけた。「ハハ、ありがとう」ともはや枯渇しきった涙腺で跳ね除けられた。なかなか手厳しい男の子だ。

「私でよければ同情ついでに何か奢らせてよ、お酒でもいかが」
「同情ついでって言ったよねいま」
「だってかわいそうなんだもの、いまのチョロ松くん。それにきみのことも気になるし」

僕のこと?と先ほどの心ない言葉も忘れて食いつかれた。私は近場の居酒屋を片手間に検索しつつ、キョトンとしている彼を横目で見やる。

「松野兄弟ってきみたちでしょ、嘘つきな三男坊くん」

頬が引きつるチョロ松くんに、私は気付いていた。





見覚えのある彼の顔は、紛れもなく先日喫茶店で接客を受けた店員のそれといっしょだった。その隣にいたのが、先ほど玉砕した彼女で、それから彼女とは交流に発展した。一方そこに居合わせた松野兄弟のひとりは、彼女の相談先になっていた、私についての相談だ。時折会話を交わしていたので知っている。彼とも連絡先を交換したからだ。

それで、今回いよいよ告白と相成ったわけだけれど、そこに彼の姿はなかった。彼は知っていたんだ、告白相手が自分ではないことを。そこで人柱を立てることにした。選出されたのは、「いちばん童貞臭のするチョロ松兄さん」ということである。

彼女は騙されていたんだ。そしてチョロ松くんも騙されていた。

顔の造形がまったく似ている松野兄弟は服装を変えればほぼ見分けなどつかない。チョロ松くんは元凶・トド松くんのフリをして彼女に接触、告白の付添人となった。彼女はそれに気付かなかった。チョロ松くんはおよそ「ボクのフリしてある女の子に会ってもらっていい?急用ができちゃって!」とでも言われたんだろう。数回会ううちにチョロ松くんも乗り気になってしまった。矛先が自分ではなく別の人間だとは気付かずに。

私がそれらすべての顛末を想像するのは、容易いことだった。トド松くんから今しがたメールが届いた。性悪さが滲み出る文面だった。自分が告白されなかったから当たりがきつい。別に構わないけれど、これじゃチョロ松くんが当て馬だ、同情を禁じ得ない。

「き、気付いていたんだ」
「いや、なんとなく、でも名乗ったあたりで確信になったかな」
「トド松のやつ、苗字しか言ってねえってあの野郎……」
「それはほんとう。苗字しか訊いていないよ、だからトド松くんは嘘を吐いていない」

じゃあ何で。それは、私が松野兄弟を最初から知っていたから。

「僕たちのことを、知っていた?」



2016/10/13 12:13 フツウのひと



その男はひどく単純で簡単な男だった。だからといって、莫迦に出来るほど愚かではなかった。扱いやすいようで扱いにくい、と神父は言っていた。然り、と王様は笑っていた。わたしはそんな男に興味を持ち、早速足を運んだ。男はわたしを待っていた。

「よお、アンタが物好きなお嬢ちゃんかい」
「お嬢ちゃんと呼ぶには、すこし老けていると思うのだけど」
「俺にとっちゃ、アンタもヨボヨボのばあさんも『お嬢ちゃん』さ」

老婆と同等にされるとは。不愉快ではなく未知であった。男は笑みを崩さぬままわたしを見定めている。あの神父と王様の下にいる人間を見定めている。好きでいるわけではないが、まあ、物好きだろう。わたしも、神父も、王様も。

「ふうん、見たところフツウすぎるな」
「それはどうも」
「フツウすぎて、異常だ」

それもまた未知であった。フツウであることは知っていたし自負していた。しかし異常だと、フツウすぎて異常だと、男は言ったのである。それはつまり、フツウではないのか。





2016/10/03 17:03 だいきらいなあくま


ひとり、またひとりと、わたしのだいきらいな悪魔に殺されていく。残酷に、残虐に。何と無力で無惨なのだろう。反対側の世界に生きているというだけで、こんなにも力の差は明確だ。あのひとも、あのひとも、すごく強いひとだった、わたしなんかよりもずっと生きる価値のあるひとだった。それでも、みんな死んでしまった。わたしだけが生き残った。傷ひとつない肩を抱き、嗚咽を漏らす。救ってくれるひとはいない。悪魔はわたしを見据え笑っている。傷ひとつない腕をこちらへ伸ばしている。これまでか、……長かったなあ、でも、それも今日で終わり。


△△MEKURU