シルノフ編 | ナノ


 酒瓶を片手にぶら下げたウォッカは、弟であるリキュールと並んで立っていた。部屋の主でるキルシュは厳しい顔で執務用の机に置かれた一振りの太刀を睨む。

「ご依頼にありました刀です。銘は兼定、正真正銘の業物です」

 よどみなく喋るウォッカにぎょっとしたのは、脇で報告のために控えていたククールだ。

「ちょ兼定って、まさか和泉守兼定(いずみのもりかねさだ)じゃないよな?」

 かの有名な徳川家康が愛用したといわれる刀を鍛えた刀匠の名を口にすると、ウォッカはただでさえ胡散臭い笑みをさらに深くする。
 「どういうツテを使ったのだ」とか「和泉守兼定の作品は国宝だろ」とか言いたいことはたくさんあったが、結局ククールが口にしたのは「すげぇ…」の一言だった。
 リキュールは自身の兄がやらかしたであろうことや、友人のククールが鋭くツッコみをいれなかったことを含め、どうしようもない奴らめと考えていた。
 キルシュは刀を手に取ると立ち上がり、自然な動作でそれを抜いた。互の目乱れを基調にした刃文を確認し、帽子の返りの深さを見る。そして数回振り、ゆっくりとした動作で鞘へと戻した。

「嘘ではなさそうだな」

「そう思うならお抱えの鑑定士や骨董商に集めさせればいいじゃないですか」

 自然なククールの言葉にキルシュは「バカが」と返す。

「今はウォッカの持つルートから入手したものしか信用できないんだ」

 キルシュは自然と眉間に皺を寄せた、それくらい多くの贋作が出回っている。
 自分とつながりのある骨董商達がことごとく偽物を掴まされたり、現地で見たときは本物であったにも関わらずロシアに入った途端届いた物や持ち帰ったものが偽物であったり。
 理由は不明だが武器の類全てががなぜか手に入らないのだ。

「まあ今回は九条様が面白がって手伝ってくれたので、どちらかと言えば彼の手柄ですが」

「とにかく、礼を言うぞ」

 満足げな笑みを浮かべたキルシュを見ながらウォッカは「どうも」と言うと、おもむろに酒を飲んだ。
 それにキルシュは顔をしかめる。ククールとリキュールはそんなウォッカの無意識かわざとか定かではない、潔癖なキルシュの神経を逆なでするような行動に内心冷や汗を掻いた。

「ウォッカ、ひとつ言っておきたいんだが」

「お気づきですか?最近クルシェフスキーの周りが賑やかになっていることに」

 読めない笑顔でキルシュの言葉を切ると、ウォッカはそう尋ねる。バカにされているような気がしないではないが、ここで気にするのもばからしい。

「…知っている。だからここにククールがいるんだ」

 そう言うと、控えていたククールに視線を向ける。見られた本人は気まずそうな顔をして、キルシュを見た。
 どうやら良い報告は、あまり期待できなさそうだ。







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