クルィロフ家編 | ナノ


 がばり。意識が戻り勢いよく起き上がったエミールは、自室のベッドにいた。

「お目覚め?エミール」

 ゆったりとした口調で言葉を紡ぐのは母のモニカだった。

「貴方気絶させられたのよ。本当はあのままハルくんに連れて行かれる予定だったみたいだけど、私がお願いして此処に運んでもらったの」

 気分は大丈夫?とモニカから水を手渡され、エミールはそれを飲む。
 浮かべられたミントのせいだろうか、気分がすっきりする。

「どうして母様が此処に……」

 いるの、と問い掛けた所で扉がノックされた。

「どなた?」

 モニカの声に扉の向こうの人物は「え?モニカ様?」とわたわたと慌てている。

「ク、ククールとロザリです。エミールが気絶して部屋に運ばれたと聞いて…」

 その二人の名を聞いたエミールは「入って」と声をかける。
 扉が開かれ入って来た二人はエミールと年の近いのだろう一組の男女だった。
ククールと名乗った青年は監察顧問副官という役職を与えられている。
 小綺麗とは言い難い薄い生地で作られた服を纏っている。
 四方に跳ねた髪(わざと跳ねさせている)は顔に刻まれたタトゥーとマッチしており、それなりに整った容姿も相成って独特の雰囲気を醸し出していた。
 ククールの横で静かに佇んでいるのはロザリというエミールと同じくキルシュを上司とする女性だ。
 女性というには些か幼い印象を与えるロザリだが、エミールとは同い年なので19歳だ。加えて、ククールは一つ上なので20歳だ。
 この三人の関係は幼なじみである。
 
「エミール、大丈夫…?」

 心配そうに尋ねてくるのはロザリだ。

「勿論よ。人の心配よりロザリは自分の心配しなさい。また薄着して…。もう、ククール!傍にいたなら気にしてやってよ」

 エミールはクローゼットから上着を取り出すとロザリに着るように促す。
 実はククールもロザリの薄着には気付いていたのだが、自身の着ている小汚い上着を羽織らせて良いものかと思案していたのだ。

「わ、悪かったな!気が利かなくて、さ…」
 エミールに言い返すのもそこそこに、言葉を濁すククールに気付いたのか、モニカは話題を切り替える。

「ところでククールくん。監察方にもブリュヘル家の話はいってるわよね?」

「その件でしたら、いくつか」

「初代贔屓の一部の幹部達への対応は?」

「すでに各々に監察官をつけて動向を探らせています」

「ボスはなんて?」

「゛利を持たない復讐はしない。ブリュヘル家の動向は引き続き探りを入れていくが、こちらから仕掛けることは一切許可しない゛との厳命です」

 ククールがそこまで言うと、モニカは何かを考えるように指を顎に添える。
しばし思案したあと、モニカはにっこりと微笑んだ。

「ボスがそう言うなら、ブリュヘル家はすぐには仕掛けてこないでしょ。クルシェフスキーファミリーを崩すのは容易なことじゃないしね」

(なら暫くはエミールの異能の方に時間が割けるわね…)

 モニカのその言葉にククール達三人は少しだけ安堵の表情を浮かべた。
 そして、ククールとロザリは「任務があるから」と早々に退室していった。
 母娘二人だけとなった部屋で、モニカは一瞬だけ瞳をさ迷わせた後、揺るがない決意を秘めた顔つきになった。

「エミール、聞いてほしいことがあるの。貴方にこれから起こりうることの可能性について」

 エミールにとって、決意を秘めている母の顔を見るのはひどく久しぶりのことだった。








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