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 ぶつりぶつりと切れるラジオの音は、もしかしたら涙腺なのかもしれない。本来ないはずのそれは壊れた蛇口から流れる水道水のように、ぼろぼろぼろぼろ、意味なんてないだろうに涙を零した。そんな彼の顔は呆然としたいつもの彼で、それでも水道水は止まらないのだ。片膝を抱えてそれを見上げていたあたしは、ぎゅうと腕に力を込める。部屋の空気に冷やされた白い肌が、追い打ちをかけるようだった。投げ出されたままの左足の靴に、彼の涙が落ちている。
「もしかして、悲しいの」
 確信はなかった。ついでに言うと悲しいの意味も知らなかった。作った人が教えてくれなかったからだ。喋るだけの木偶の坊。最近覚えた言葉は愛、意味はまだ分からない。辞書で見ただけでは知ってると言えないのだと、あの人たちは言った。言葉は難しい。がんばれよと、苦笑いをした人はもういない。
 囁きに近かったあたしの声は彼にちゃんと届いたのかどうか、ここでようやく彼がひとつ、声を上げた。
「わからない」
 泣いているせいだろう、端が少し震えていた。あたしは俯いて右膝を抱え直し、そこに頭を載せた。顔が向いた左側には、あの人たちが置いて行ったものが山になっている。その中に花があったはずだった。そのまま腐るんだろう、もう、花瓶に活けてくれる人はいない。木製の彼も、陶器製のあたしも、花を生かす方法を、教わらなかった。
「ぼくは、ただ」
「……いいよ、言わなくて。あたしもたぶん、同じだから」
 ぱたり、水滴が靴を叩いた。いったいこの水分は何処から来て、何処へ消えるのだろうか。蛇口はもう閉まらないかもしれないなあ、とぼんやり考えてあたしは目を閉じた。喋るだけの木偶の坊は上辺でしか語れない。正しい意味を伴わない言葉は記号でしかない。あたしも彼も、あの人たちと同じ世界を共有することはきっとなかった。記号で会話はなされないから。あの人たちは手を差し伸べてくれたのに、木製の手にも陶器の手にも温度はなかった。
 切れるラジオの電波は何かのラブソングを乗せる。そんなふうに誰かを愛せれば良かったねと、覚えたばかりの言葉を使おうとして、それで、脳裏を過ったのはあの人たちで。嗚呼あたしたちは本当にふたりきりに戻ってしまったのだ。
 悲しいなあと目を閉じたまま呟く。
 彼は何も言わず涙を流した。

次がないようにと願ってるよ

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