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 どしゃ降りの雨のせいで、濡れた髪が首に纏わりついた。纏わりついて絡まった。ひどく気持ちが悪かった。長くなって邪魔、ついでに切ってしまえ、と。目の前にあったハサミで無造作に切り落とす。黒い糸糸糸、私を中心に染まる床。
 私達は一体何の為にこうして何度も何度も何度も何度も同じ事を繰り返すのだろう。私がいてもいなくても世界は廻るのに、同じ事を私達に教え込んで同じ人にして同じ物にして。ちょきちょき。意味なんてあるの。この邪魔で邪魔で仕方のない、不必要な黒い髪より確かな意味がここにはあるの。ちょきちょきちょきちょきちょき。切り捨てられたこの黒に意味は。同じ姿の私と彼女と彼女と彼女。みんな同じ髪型同じ服装同じ性格同じ声同じ顔。ちょきちょきちょきちょきちょきちょきちょきちょき。私が一人消えたって替わりなんて右にも左にも下にもいる。同じ姿の女と女と女と女。あと三秒後には同じ姿の女と女と女になって。ちょきちょきちょきちょきちょきちょきちょきちょき、ちょき。
「――ナナ」
 邪魔をしないで、と言いかける。ちょきちょき手は休みなく首に絡まる髪を切る。私の視界に入らない位置に居る彼が呼び止めた。
「ナナ」
「……なに」
 手は止めない。ちょきちょきとハサミの軽い音。
「もう止めとけ」
 足元を見る。私を中心に黒に染まる床。
「やめないよ」
 私がそう言うと彼は私の手首を掴んだ。彼の短い茶髪と紺の瞳が視界に入る。
 私には何もなかった。私をナナという人間に定義するものがなかった。その呼び名も、彼が勝手に付けたもので、彼女と彼女と彼女に名前がないように私にも名前はなかった。彼だけが私を区別しナナと呼び、彼だけが私に触れた。
「……ナナ」
「違うよ」
 私はナナじゃない。私は彼女と彼女と彼女と同じただの女だ。顔も声も身形脳味噌その他すべて揃えられた、同じになるよう育てられた、姉妹でもクローンでもない同一。産まれたときは皆別人だったはずなのに。個性を奪われた、違うのに同じ私達。
 彼女に名前が無いなら私にも。
「…………やめろ」
 どしゃ降りの雨で首に絡まった髪を切り落とす。血こそ流れていないが、これは立派な自傷行為だ。やめてはやらない。私が私であるために必要なのだ。アイデンティティーとやらのために。
「ごめんね、雨のせいでよく聞こえないの」
 顔の手術痕が引き攣る。雨の所為だ、あれもそれも。痛いような気がする。
「要らないものを、皆と同じものを切り落とせば、残るものが私なのでしょう?」
 いっそ遺伝子まで同じだったら良かったと、彼女や彼女は言うだろうか。

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