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 目を閉じると、見たいものが見れるのだ、と彼は言った。

「君には何が見える?」

 彼はどこか悲しげで、私は質問に答えなかった。目を閉じたところでこの状況が変わることはない。私にはただ暗闇が見えるだけだ。
 風が吹き込んで、窓がうつうつと揺れる。
 答えない私に、彼はまた悲しそうな顔で俯いた。目を閉じようが下を向こうが、何をしたところで世界は変わらない。今にも降り出しそうな雨を、よもや私達に止められるわけではあるまい。それと同じことだった。

「僕には、青い空が見えたよ」

 俯く彼が零した言葉に、青い空など、と私は笑った。黒か灰以外の色など、そんなものは久しく目の当たりにしていなかった。
小さな窓の外では、多くの煙突が煙を噴いては、忙しそうに貨物が働く様子が見える。人っ子一人いないこの街に、彼と私は二人でいる。何をするわけでもない。ただ生きていた。
 働き続ける煙突はどろり、黒い煙を吐いて、鳥はどこかへ逃げた。木々も呼吸を止めてしまった。ますます空は煙の色を濃くし、人々は病んだ。そうしてみんな、どこかへ行った。吐き出され続ける煙を止める術はなかったのだ。街はもう、あれら無しでは機能しない。
 私はため息を吐く。二度と青空を見ることはないのだと、それはとうに諦めたのに、彼はまだ夢を見ている。
 窓に付いた水滴は黒くなるのに、私達は見ているだけ。悔しいとも悲しいとも思わない。恨むこともしなかった。彼の笑顔も久しく見ていないな、とただそれだけ思った。
控えめに水滴が窓を叩く。ついに降り出してしまった雨に、彼はますます悲しい顔をした。長い睫毛が揺れるのがよく見える。夢見がちな彼は、いつか空に溶けることを望んでいるのだ。その瞼には美しい風景が広がっていて、それは彼だけの世界。夢は病でないために、他人に伝染しない。私に青は見えない。
 うつうつと、雨と窓の音だけが部屋に響く。止める術はなかったと、誰かと誰かの言い訳が聴こえた。
 青い空。黒か灰以外の色。
 目を閉じる。私には見えない。

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