近頃酷くなった症状のお陰で、いつも朝は酷く疲れておりいつまで経っても疲労は回復しない。体力を浪費していくばかりで、平日だろうと休日だろうと朝は容赦なくやって来る。目の下の隈も、たとえファンデーションをいくら使っても隠しきれない。
「お早う」
そうして着替えてベッドに戻ったとき、小さなソファーの上にあった一抱えほどのテディベアが口をきいた。黒いビーズで出来た目に彼女を映して、表情の無いその茶色の顔は、にこりと笑ったように思った。
「今日も夢を見れた?」
彼女はそれを一つ睨んで、朝支度を続けた。言葉を扱う奇妙なぬいぐるみはくすくすと声だけで笑うと、まだ気付かないの、と愉しげに言った。お気に入りの玩具を前にした子供の笑い方だ。
――気味の悪い。
テディベアに対して抱くのは嫌悪のみで、酷いときはその身を裂いてしまいたい衝動に駈られる。今も例外ではなかった。
「その身体に詰まっているワタを広げてみたら、さぞ美しいのでしょうね」
ペン立ての鋏に手を伸ばしながら脅してみたものの、やはりテディベアは笑うだけで取り上げるほどの反応を示さなかった。
それぎり、その後は動かないただのぬいぐるみとして振る舞った。
一抱えのテディベアは、彼女が幼い頃家にやって来たものだった。誰かが買ってきたのかプレゼントなのか土産なのか、全く覚えてなかったがいつもそこにあった。無論、これまでに言葉を話したことはなかった。
彼女が目を覚ます度、テディベアはお早うと言い、また夢を見たのかと問う。彼女が答えなければ、まだ気付かないのかと笑う。その後は何も話さない。何を気付けばいいのかと問いただしたこともあった。テディベアは笑うだけだった。
流石に気味が悪くなって、ゴミに出したことさえあった。家へ戻って玄関を開けた時にはもうソファーの上に居たので、きっと裂いても意味はないのだろう。
市販の睡眠薬も病院で処方された安定剤を服用しても、それは訪れ彼女を蝕んだ。昼間に仮眠を取ろうとしても眠ることはできなかった。
「おやすみ」
そして夜になると必ず、それまでただのテディベアだったはずのそれは声を掛けて来るのだった。彼女はそれを合図に、ぱちり、と目を覚ます。
慌ただしい息を整えて、シャツを着替えて、ようやくおはようと言えるような朝を彼女は今日もまた迎えた。眠ってもいない夜を通り過ぎて、彼女は見てもいない夢から目を覚ました。
それでも日常は正しく平穏であるので、奇妙なことだった。彼女の上でだけ夜は通り過ぎる。彼女など知らぬと行ってしまう。だのに、朝はきちんと彼女を迎えるのだ。
「お早う」
そうしてまた、ソファーの上のテディベアが口をきく。黒い目に彼女を映して、表情の無い顔はにこりと笑った。
「今日は夢を見れた?」
汗の所為でこの日の朝も酷く寒い。
朝 - back