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 彼女は所謂"良い人"だった。誰にでも分け隔てなく接し、母のような優しさでもって、姉のように笑顔を向けた。彼女は誰から見ても良い人であった。しかし善い人ではなかった。優しい人では決してなかったのだ。彼女が自ら誰かに声を掛けることはなかったし、また必要でないと会話もしなかった。誰にも分け隔てなく優しさの紛い物を振る舞うのは、ひとえに彼女が面倒を嫌ったからであった。誰かと争うこと、ひいては人と関わることを面倒と切り捨て、更にそれを煙に巻いて笑顔で誤魔化す女のどこが優しいというのだろう。彼女のことを嫌な人だと言う者こそ居ないが、好きだと言う者も居ない。
 いつか彼女は私に、ただのネコのように生きるのが夢だと一度だけ語ったが、私はどうも彼女に許された人間らしかった。それは単に私が来るもの拒まず去るもの追わずのスタンスだからなのだが、いや私も面倒が嫌いなだけかもしれないが、ともかく彼女にとって面倒とは認識されていないふうであった。
 相変わらず彼女自ら私を探して、なんてことはなかったがしかし、彼女にしても私にしても、ずいぶんと私達は親しくしていた。傍迷惑なことに、私は彼女に許された人間であるのだ。偶然どこかで鉢合わせれば適当な会話をしたし、自然と彼女が珈琲より紅茶派だとは把握したが、それだけだった。私はといえば、誰と誰が付き合ってるだの破局しただの、優しそうで優しくない女のことも、彼女の行動の意味も興味がなかった。最悪彼女が殺人を犯したところで、はあそうですかと言うくらいだった。今同じことを聞かれたら、まあ彼女は優しそうで優しくない女ですからねくらい言うつもりではある。
 つまるところ、私達は半端な関係であった。彼女にとって私は関わっても面倒ではない人間で、私にとっての彼女は変な奴という認識、その程度。だから彼女の今回の所業について私が知る事は何もないし、だいたい彼女が考えていることは露程も分からない。面倒が嫌いな変な奴、それだけなのだから。
 ただ、人生の間の短い期間、半端な関係であった者として彼女に一つ言うことがあるとすれば、ネコも屋上からでは死ぬんだな、というくらいだろうか。

 珈琲と紅茶、あなたわたし - back

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